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『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』ゲイリー・オールドマンが切り開いた「演技×特殊メイク」のハイブリッドな役づくり

(c) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』ゲイリー・オールドマンが切り開いた「演技×特殊メイク」のハイブリッドな役づくり

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単なる“ソックリ”に留まらない、その遥か先を行く創造的境地



 ゲイリー・オールドマンの出演作を振り返ると、そこには様々な特殊メイク作品が名を連ねていることに気づかされる。先述の『ドラキュラ』では、誰もが知るモンスターを特殊メイクや衣装を駆使して驚きの様相で具現化した。また、『ハンニバル』(2001)ではレクター教授の宿敵メイソン・ヴァージャー役として観る者を震え上がらせるほどの外見を手に入れた。『ザ・コンテンダー』(2000)ではリアルに頭髪の禿げ上がった下院議員を演じ、そのさりげない外見作りがゲイリー流の生々しさを生んだ。


 かくも彼は、自分の肉体改造が及ばない領域において、必要とあれば特殊メイクの力を借りることを厭わない。と同時に、それが信頼できるレベルのものか見極める目も兼ね備えている。今回「彼しかいない!」と辻一弘に白羽の矢を立てたのにも、ゲイリーが長年培ってきた経験と審美眼が大きく寄与したのは明らかだ。


 この「歴史的偉人を特殊メイクで描く」という辻とゲイリーの共闘は、およそ6ヶ月間にも及んだ。ゲイリーは楕円形の頭の形なのに対してチャーチルはぎゅっとまとまった丸い顔。ゲイリーは左右の目が近いのに対し、チャーチルは離れている。それらの差異を埋めるべく幾度も入念な試作が重ねられていった。


 また、彼らが目指したのは「単なるソックリ」の域ではない。辻によると「あまりに似せすぎると、それは単なるマスクになってしまう」とのことで、メイクをつけすぎずに似せる、というバランス感覚が欠かせないものとなった。それに、この仕事の重要なところは、特殊メイクだけで完結しないということだ。全てはコラボレーションによって成り立つもの。ゲイリーの演技や制作側の意向との兼ね合いもある。それらの声に耳を傾け、理解しながらも自分のビジョンをしっかりと打ち出す。こうやって微妙なさじ加減が調整されていったという。


 さらにゲイリーは、メイクを施した自分の姿に確かな“チャーチル”を感じながらも、その上で最終的には自分にしか成し得ない「創造の余地」が生まれることを重視したという。



『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(c) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.


その結果、どうだろう。スクリーンで目にするチャーチルは、まさに爆発的な活力と人間性に溢れ、鉄の意志とユーモアを兼ね備えた存在となった。そこにでっぷりとした体型で仁王立ちするのは紛れもないチャーチルながら、その全てを見抜く鋭い眼光、身のこなし、他者を圧倒する存在感は、まさしくゲイリーにしか成しえない神がかり的なワザだ。こうしてチャーチルに関するあらゆる要素を血肉化し、特殊メイクや衣装、小物などによって外面もチャーチルと化し、そこに卓越した演技力が渾然一体化することで、圧倒的な人間的迫力を兼ね備えた歴史的偉人が誕生したのである。


 周知の通り、アカデミー賞ではゲイリーの主演男優賞受賞と並んで、辻一弘は他の二人のメイクアップ・アーティストと共に「メイクアップ&ヘアスタイリング部門」のオスカーに輝いた。個人として日本人のアカデミー賞受賞は『ドラキュラ』の石岡瑛子以来となる25年ぶり(この時、同作は石岡の衣装デザイン賞の他にも、メイクアップ、音響効果賞を獲得)。どちらの作品にもゲイリーが介在しているのは決して偶然ではないだろう。かくして彼は特殊技術を求め、技術も彼を求める。今回の同時受賞は、彼がかねてより特殊技術やそれをもたらすスタッフたちに心から敬意を払い、「役づくり」を己の力だけでは完結しえない「ハイブリッドなもの」へと進化させ続けてきた歴史的結果といえよう。



『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(c) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.


 世界の最高峰へと立ったゲイリーと辻は、これから各々どのような境地を目指すのか。またいつの日かどこかで、二人が再び最高のコラボレーションを花開かせてくれることをぜひ心待ちにしたいものだ。


参考:

http://www.bbc.com/news/entertainment-arts-43268744

https://www.telegraph.co.uk/news/2018/02/17/gary-oldman-did-not-sleep-eat-keep-winston-churchill-transformation/

http://deadline.com/2017/12/darkest-hour-gary-oldman-interview-joe-wright-contenders-video-1202224229/

http://deadline.com/2017/12/darkest-hour-gary-oldman-joe-wright-interview-news-1202226192/



1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。 






『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
3月30日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイト: www.churchill-movie.jp
(c) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

※2018年4月記事掲載時の情報です。

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