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『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』ゲイリー・オールドマンが切り開いた「演技×特殊メイク」のハイブリッドな役づくり
2018.04.02
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』あらすじ
「彼の決断が、歴史を変えた――。」1940年、第二次世界大戦初期。ナチス・ドイツの勢力が拡大し、フランスは陥落間近、イギリスにも侵略の脅威が迫っていた。連合軍がダンケルクの海岸で窮地に追い込まれるなか、ヨーロッパの運命は、新たに就任したばかりの英国首相ウィンストン・チャーチルの手に委ねられた。嫌われ者の彼は政敵に追いつめられながら、究極の選択を迫られる。ヒトラーに屈するのか、あるいは闘うのか――。
Index
- 身も心もなりきるゲイリーの役づくり
- チャーチルの中に見出された爆発的エネルギーやユーモア感覚
- 伝説的メーキャップ・アーティスト、辻一弘の招聘
- 単なる“ソックリ”に留まらない、その遥か先を行く創造的境地
身も心もなりきるゲイリーの役づくり
『ウィンストン・チャーチル』の演技でアカデミー賞主演男優賞に輝いたゲイリー・オールドマンはいま、間違いなくキャリア最大の高みに立っている。『シド・アンド・ナンシー』(1986)で衝撃的な商業映画の主演デビューを飾ってから32年。誰しもを魅了し、時に圧倒、いや戦慄させもする役づくりを武器に、彼は当代随一の「カメレオン俳優」としてその名を轟かせてきた。
あらゆる主演男優賞を根こそぎ獲得した今回の賞レースで、とりわけ印象深かったのがゴールデン・グローブ賞受賞時のスピーチだ。この時の壇上にて、ゲイリーは「ウィンストン・チャーチルと共に就寝し、ゲイリー・オールドマンと共に目覚める毎日」に耐えてくれた妻に心からの謝意を捧げた。これらの言葉からも、すでに還暦を迎える彼の役づくりが、いまだ鉄の意志によって貫かれていることが容易に伺えよう。
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(c) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
彼の役づくり伝説を挙げ始めるとキリがない。まず『シド・アンド・ナンシー』では蒸した魚やメロンだけを口にする食事制限を続けて、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスの青白く、痩せ細った体型を獲得。後に栄養失調と診断されて入院を余儀なくされたのも有名な話だ。ちなみに彼自身はパンクムーブメントにもピストルズにも疎く、全く乗り気ではなかったものの、ギャランティーにつられてオファーを受けたのだそう。とはいえ、引き受けたからには徹底してリサーチし、可能な限りその人物になりきれるよう、肉体的にも精神的にもとことん突き詰めていく。このメンタリティがゲイリーの最も根本を成すところなのだ。
『裏切りのサーカス』(2011)では中年のぽっちゃりお腹を獲得するために、甘いスポンジケーキとカスタードを食べ続けたというし、肉体改造ではどうにもならない領域に関しては特殊メイクに活路を見出すという選択肢も持ち合わせている。これらのことからも彼の役づくりで「外見」はとりわけ重要な位置を占めていることがよくわかる。
『裏切りのサーカス』予告
また、その人にまつわる習慣や癖、技術を追究するのも彼ならでは。もちろん、声のトーンやイントネーションなどを器用に変えてみせるのもお手の物だ。『ドラキュラ』(1992)では東欧を根城に400年以上生き続ける人間離れした存在を、様々なタイプの声色を駆使して見事に具現化してみせた。かと思えば、『不滅の恋/ベートーヴェン』(1994)では1日6時間、6週間にわたってピアノの猛特訓し、劇中で演奏される曲は全て演奏できる状態となることを自分に課したという。
さらにもう一つ、ゲイリー・オールドマンの演技を紐解く上で重要なのは、そこに彼ならではの遊び心や即興性を加えるという点だ。例えば『レオン』(1994)では、麻薬捜査官のスタンフィールド役を演じる上で、相手の匂いをクンクン嗅ぐという異様過ぎる演技で共演者を驚かせ、今や伝説となった”Everyone!!(総動員しろ!!)”というセリフを、リハーサルとは全く異なる“絶叫”に変えて監督を驚かせたという。これらも役になりきるからこそほとばしる、奇跡的なまでの一瞬と言えるだろう。