政府に睨まれたズビャギンツェフを支えたロシアの大富豪
ズビャギンツェフが悩まされるのは、新作を発表する毎に、ロシアの現状や政治への批評を読み解かれることである。そもそも彼は、国を越えた発想でアイディアを思いつくにもかかわらずだ。例えば『裁かれるのは善人のみ』では、アメリカのある都市の再開発に伴って、自分の土地を奪い取られそうになったマービン・ヒーメイヤーという塗装工のアメリカ人が起こした事件(通称・キルドーザー事件)をベースにしている。そこに彼はさらに、16世紀のドイツを舞台としたハインリッヒ・フォン・クライストの小説「ミヒャエル・コールハースの運命」を組み合わせた。こちらの話も、横暴な貴族の一方的な決定で、自宅の周りに柵を敷かれ、外に出ていくときに通行税を払うように言われた馬商人の徹底的な戦いを描いたもので、この二人の権力に抗う男のキャラクターが、『裁かれるのは善人のみ』の主人公の血肉となった。つまりは古今東西、どこにでもあり得る話なのだ。
ところが、出来上がった映画を見て、この映画に資金を提供していたロシアの文化省大臣ウラジーミル・メディンスキーは猛然とこの映画を批判し、今後、このような作品には補助をしないとまで言った。ロシア北部のある入江のある町、というぼやけた設定だったのにも関わらず、メディンスキーは特定の批判と受け取ったようで、特に市の開発にロシア正教の教会が深く関わり合う内容に(事前に脚本を読んで、補助の申請を受けていたにもかかわらず)と露骨な不快感を示したのだ。
この波及効果がすさまじく、保守派の人たちは上映中止の運動を繰り広げ、なおかつ、アカデミー賞の外国語映画賞のロシア代表の作品に選ばれるときも謎の二転三転で取り消された。
『ラブレス』を作るにあたり、前作の騒動で痛い目にあったズビャギンツェフは公的な資金を一切受けない映画作りを決意した。彼を助けたのは、ロシアを代表する大富豪で、フォーブスの世界のセレブリストにも名を連ねるグレブ・フェティソフから援助を得ている。かれはシベリアのアルミニウムプラントで大成功をおさめた人物である。ロシアのスパイをアメリカが映画化した『 レッド・スパロー』において、ジェニファー・ローレンス演じるヒロインが、政府から危険視され、ハニートラップとして罠に仕掛けるのも新興の大富豪であり、今や、彼らの力は絶大なのも垣間見える。
『ラブレス』©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS
他に、ベルギーで素晴らしい社会派の映画撮り続けているダルデンヌ兄弟の制作会社Les Films du Fleuveが資金援助をしているのも見逃せない。
文化省をはじめ、ロシアの政治家や宗教団体から「今のロシアを映していない」と批判されることにおいて、彼は「私の映画は鏡である。政治家は私の作品を除いた時、そこに自分の見たくない真実が見えて嫌になるのだろう」とガーディアンズの記事で語っているが、まさに正鵠である。
なお、彼の映画がいろんな国の事件を題材としながら、きわめてロシア的に映るのは、ズビャギンツェフの映画を一貫して担当しているカメラマン、ミハイル・クリチマンの圧倒的な映像美も大きいのかもしれない。ミハイルが写し取るロシアの荒涼とした風景。深遠な哲学を感じずにはいられない水辺の風景。切り取られた都市のうす寒い光景。そのすべてが、ロシアらしいと、言ったこともないのに頷いてしまうくらい、彼の映像はズシンと重い。
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)、『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)などにも寄稿。ロングインタビュー・構成を担当した『アクターズ・ファイル 妻夫木聡』、『アクターズ・ファイル永瀬正敏』(共にキネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワネットワーク)などがある。
『ラブレス』
4月7日(土)、新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
公式サイト: http://loveless-movie.jp/
©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム、STAR CHANNEL MOVIES
※2018年4月記事掲載時の情報です。