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『ディア・ハンター』から『心と体と』まで。映画で描かれる〈鹿〉の象徴性をたどって

2017 (C) INFORG - M&M FILM

『ディア・ハンター』から『心と体と』まで。映画で描かれる〈鹿〉の象徴性をたどって

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『ディア・ハンター』あらすじ

ハンガリー、ブダペスト郊外の食肉処理場。代理職員として働くマーリアは、コミュニケーションが苦手で職場になじめない。片手が不自由な上司のエンドレは彼女を気に掛けるが、うまく噛み合わず…。そんなある日、牛用の交尾薬が盗まれる事件が発生する。犯人を割り出すため、全従業員が精神分析医のカウンセリングを受ける事態に。すると、マーリアとエンドレが同じ夢を共有していたことが明らかになる。二人は夢の中で“鹿”として出会い、交流していたのだ。奇妙な一致に驚くマーリアとエンドレは、夢の話をきっかけに急接近する。マーリアは戸惑いながらもエンドレに強く惹かれるが、彼からのアプローチにうまく応えられず二人はすれ違ってしまう。夢の中ではありのままでいられるのに、現実世界の恋は一筋縄には進まない。恋からはほど遠い孤独な男女の少し不思議で刺激的なラブストーリー。


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〈聖なる鹿〉と欧州発の映画



 ハンガリーで製作された『心と体と』(2018)の2人の主人公、食肉処理場の代理職員マーリアとその上司エンドレは、同じ鹿の夢を見ていることがきっかけで距離を縮めていく。イルディコー・エニェディ監督がインタビューの中で、夢に鹿が出てくることに関して、「鹿というのはハンガリーでは神獣であって、マジャールの民をアジアから導いたのが鹿なので」とコメントしている。


『心と体と』予告


 孤独感と身体的な制約から解放された夢の中で、パートナーと出会い寄り添うことを願う〈心〉の象徴として鹿を解釈することもできよう。ただし監督のコメントを考慮すると、夢の中の鹿は彼ら自身であると同時に、2人を導く存在でもある。言い伝えによると、大洪水を生き延びたノアの子孫にあたるニムロドはアジアの平原に王国を築くが、王の2人の息子は狩りに出たときに不思議な白い雄鹿を見つける。王子たちが雄鹿を追い続けるうちにたどり着いたのが、のちにマジャール人がハンガリーを建国する土地だった。


 雄鹿は最後、自ら湖に飛び込み、二度と姿を見せなかったという。本作『心と体と』のマーリアとエンドレの夢の鹿も、役目を終えて姿を消したのだろうか。


 今年3月に日本公開されたヨルゴス・ランティモス監督作『 聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(アイルランド・イギリス合作)も、タイトルにあるように〈聖なる鹿〉が関わっている。ただし、映画の中で鹿そのものは描かれない。裕福な外科医スティーブンとその家族が恐るべき出来事に翻弄されていくが、スティーブンの娘キムが作文のテーマに選んだギリシャ悲劇『アウリスのイピゲネイア』に鹿が登場するのだ。



『 聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』予告


 「トロイの木馬」で有名なトロイア戦争の頃、ギリシャ軍総大将のアガメムノーンは狩猟に出て、女神アルテミスが可愛がっていた〈聖なる鹿〉を殺してしまう。怒ったアルテミスはアガメムノーンに対し、娘のイピゲネイアを生け贄に差し出すよう要求する。このギリシャ悲劇に似た因果応報のストーリーが、『聖なる鹿殺し』で展開する。おとなしい草食動物の鹿は〈善なる命〉の象徴であり、その命を奪うことは必ず報いを受けなければならない大罪なのだ。



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