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『怪物』世界を反転させる、脱・是枝裕和映画 ※注!ネタバレ含みます。

©2023「怪物」製作委員会

『怪物』世界を反転させる、脱・是枝裕和映画 ※注!ネタバレ含みます。

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世界を反転させる力



怪物だーーれだ?



 坂元裕二とタッグを組むことで、是枝裕和が新たに獲得したものとは何か。それは、世界を反転させる力である。


 坂元裕二はあるインタビューのなかで、自分が自動車を運転していたときの体験談を語っている。横断歩道で青信号になったのに、前のトラックが動こうともしない。クラクションを鳴らしても微動だにしない。ようやくトラックが動き始めると、横断歩道に車椅子の歩行者がいた。トラックの車体が大きすぎて、彼は歩行者の姿を確認することができなかったのだ。坂元裕二は、このことを激しく後悔したという。


「私たちが生きている上で見えていないものがある、それを理解していくにはどうすればいいのか、そういうことを物語にしたいと常々思っていました」


 「見えていないもの」を理解するには、どうすれば良いのか。単一の視点では、その登場人物が見渡せる視界のみにとどまってしまう。認知し得ない“死角”を描くには、複数の視点が必要だ。まるで、黒澤明の『羅生門』(50)のように。この作品もまた、男女4人の証言からある侍の殺害事件の真相に肉薄する物語だった。坂元裕二が導き出した答えは、いわゆる羅生門スタイルだったのである。


 『怪物』は、三幕構造から成っている。第一幕は、早くに夫を亡くし、シングルマザーとして子育てに奮闘する早織(安藤サクラ)の視点から。第二幕は、新任の小学校教師・保利(永山瑛太)の視点から。そして第三幕は、早織の一人息子・湊(黒川想矢)の視点から。ビル火災がそれぞれの物語の“始点”となって、薄紙を剝ぐように、秘められていた“事実”が露わになっていく。



『怪物』©2023「怪物」製作委員会


 第一幕で早織は、杓子定規な返答ばかりを繰り返す教師たちに対して、「あなたには人の心がない」、「私が話しているのは人間?」と噛み付く。確かに彼女の視点に立つならば、校長の伏見(田中裕子)の物言いは調整の狂ったアンドロイドのようだし、保利はサイコな暴力教師だ。


 だが第二幕で保利の視点から物語が反復されると、彼は子供たちに寄り添う真面目な教師であることが分かってくる。むしろ早織は、学校に乗り込んで言い掛かりをつけるモンスターペアレントだし、保利から暴力をふるわれたと嘘をつく子供たちは、正体不明の“怪物”だ。


 ネガがポジに、黒が白に反転する感覚。これぞ、坂元裕二節。彼がシナリオを手がけたTVドラマ「わたしたちの教科書」(07)もまた、そのような作品だった。本作は女子生徒の転落事故の謎を追うミステリーだが、回を追うごとに登場人物は白から黒へ、そして黒から白へと反転する。キャラクターを一義的ではなく、多義的に補足しようとする試みがなされていたのだ。


 『怪物』で特筆すべき点は、その反転構造を人物のみならず、世界そのものにも当てはめている点だ。湊の視点で語られる、第三幕。小学校5年生の少年が見つめる世界は、どこまでも不寛容で、あまりにも残酷。


 普段見慣れているはずの“普通の世界”が、少年たちに牙を剥く“凶暴な世界”に変容を遂げていくさまを、私たちはありありと目撃することになる。それこそが、坂元裕二とタッグを組むことで是枝裕和が獲得した、「世界を反転させる力」なのだ。



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