怪物だーーれだ?
怪物だーーれだ?
バケツをひっくり返したような豪雨、全てを薙ぎ払うかのような暴風。『海よりもまだ深く』(16)でもクライマックスは台風が上陸していたが、『怪物』では是枝映画史上最大級の嵐が吹き荒れる。この映画を観ながら、筆者は強烈に黒澤明を夢想してしまった。映像の圧倒的なスペクタクル性に、かつて“天皇”と呼ばれた偉大なフィルムメーカーの息吹を感じてしまったのである。
黒澤は、雨風をダイナミックにスクリーンに刻むことで知られる。ジョン・フォードを私淑する彼は、乾いた大地で砂塵が舞う西部劇に対抗すべく、雨が降りしきるアクション・シーンを考案。『七人の侍』(54)のクライマックスでは、地面が泥だらけになるような豪雨のなか、激しい戦いが繰り広げられた。雨をより激しく見せるため、墨汁を混ぜて撮影を行ったというのは有名なエピソードだ。
『羅生門』スタイルのシナリオ、『七人の侍』ばりの豪雨。黒澤は常にチームで脚本を書いてきたが、この『怪物』でも坂元裕二のシナリオを元に、プロデューサーの川村元気、山田兼司、そして是枝裕和が共同で脚本を開発。しかも本作の衣装デザインを担当しているのは、黒澤明の長女に当たる黒澤和子だ。すでに巨匠としてワールドワイドに認知されている是枝監督だが、この映画ではクロサワ的なるものを纏うことによって、さらなるネクスト・ステージへと飛翔しようとしている。
『怪物』©2023「怪物」製作委員会
それが結実したのが、神々しいまでに美しいラストシーンだろう。嵐が過ぎ去った後、湊と依里は閉じ込められていた廃電車の中から抜け出して、眩いばかりの光が降り注ぐ高架線を走り去っていく。彼らを祝福するかのように鳴り響く、坂本龍一による静謐な音楽。彼らは早織と保利の助けを借りることなく、自分たちだけの力で、不寛容で残酷な世界を飛び出し、新しい扉を開いたのだ。
怪物だーーれだ?
怪物だーーれだ?
怪物だーーれだ?
果たして、怪物とは誰のことを指しているのだろう。映画に登場する人物…早織や保利だろうか。それとも、彼らに奇異の目を向ける社会だろうか。いや、違う。それはきっと…<私たち>だ。この映画を、映画館の客席という「絶対的安全地帯」から眺めている、<私たち>だ。差別を心から憎みながら、知らぬ間に自分のなかで創り出したモンスターによって、無意識のうちに差別をしている<私たち>だ。早織がモンスターペアレントであり、保利が暴力教師であり、湊と依里が異性愛者であると信じ込んでいる<私たち>だ。是枝裕和と坂元裕二は、映画館という舞台で<私たち>を告発する。
おぼろげで、不明瞭で、不確かな手触りの“差別”という名のモンスターを、全ての人間が飼っている。誰もそこから逃れることはできない。それを認識することで、きっと「見えていないもの」を理解することができる。
『怪物』は、坂元裕二の「世界を反転させる力」、黒澤明的な「スペクタル性」、そしてあらゆる人間を告発する「強烈なメッセージ性」によって構築された、文字通り怪物的な作品である。
(*1)、(*2)https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/news/
(*3)『怪物』プレス資料
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
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『怪物』
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配給:東宝 ギャガ
©2023「怪物」製作委員会