現代アメリカ版「レ・ミゼラブル」
ただ、アクションが中心になっているとはいえ、極限的な状況下で真犯人を捜し出そうとするキンブル医師(ハリソン・フォード)と、彼を何としても捕まえようとするジェラード捜査官(トミー・リー・ジョーンズ)の対決や、それぞれの信念に基づいた必死さを表現した演技には、目を見張るものがある。とくにハリソン・フォードの鋭く燃えるような眼光は、『刑事ジョン・ブック 目撃者』(85)や『推定無罪』(90)などのサスペンス作品において、映画のシリアスな雰囲気を引き上げる効果があったと感じられるように、ここでも作中のサスペンスの要素を、演技によってより濃密なものにしているところがある。
さらに、キンブル医師の行動にたびたび共感しながらも冷徹に職務を遂行しようと葛藤するトミー・リー・ジョーンズの抑えた演技が、作品のリアリティを高め、全体に説得力を与えているのである。このような、役者を輝かせるようなポテンシャルが、じつは本作に存在していたという点が、本作『逃亡者』の意外な成功に繋がった注目すべき特徴だと考えられる。
脚本のデヴィッド・トゥーヒーは、本作の脚本を書いている段階で、この物語にある古典作品との共通点があることを意識していたのだという。それが、フランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーが1862年に発表した「レ・ミゼラブル」だった。トゥーヒーは、本作で印象的なダムに飛び込むシーンに至る排水溝での追跡劇は、「レ・ミゼラブル」に登場するパリの下水道をイメージしているとも語っている。
『逃亡者』(c)Photofest / Getty Images
無実の罪を背負ったジャン・バルジャンが脱獄し逃亡、ジャヴェール警部が執拗に彼を追跡するという大筋の流れや、世間に裏切られ追いつめられた状況でも善き行いをしようと信念を守る描写は、まさに現代アメリカ版の「レ・ミゼラブル」といえる内容だ。つまりハリソン・フォードとトミー・リー・ジョーンズは、ある意味で間接的にジャン・バルジャンを演じ、ジャヴェール警部を演じていたことになる。
キンブル医師は指名手配犯として逃亡中という、極めて困難な状況のなかで、逮捕されるリスクをおかしてまで患者を治療して、その命を助けようとする。このようなキンブルの善行を知ったジェラード捜査官は、キンブルが無実なのではないかと思い始める。「レ・ミゼラブル」において、法の番人として生きてきたジャヴェール警部が、ジャン・バルジャンの人間性に触れることで、今まで信じてきた善悪の基準を狂わされて苦悩するように、ジェラードもまた葛藤にさいなまれながらキンブルを追っていくことになる。そして、強い信念を持つ二人が最終的に手を結ぶことになる本作の展開は、文豪ユーゴーが顕彰したかった犠牲的な精神の勝利を描いているといえるだろう。