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『刑事ジョン・ブック 目撃者』ハリソン・フォードとピーター・ウィアーのキャリア分岐点を提供したプロデューサーの努力とは

(c)Photofest / Getty Images

『刑事ジョン・ブック 目撃者』ハリソン・フォードとピーター・ウィアーのキャリア分岐点を提供したプロデューサーの努力とは

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20世紀フォックスから却下され続けた脚本



 『刑事ジョン・ブック 目撃者』(85)は第58回アカデミー賞で8部門にノミネートされ(脚本賞と編集賞を受賞)、オーストラリア出身の名匠ピーター・ウィアーの名をハリウッドに知らしめた傑作だ。しかし多くの名作映画がそうであるように、幾多の偶然が積み重なって生まれた綱渡りの産物だった。


 プロデューサーのエドワード・S・フェルドマンは、1983年に「Called Home」という脚本を入手した。テレビドラマの脚本家だったウィリアム・ケリーとアール・W・ウォレスによって書かれたもので、ハリウッドでは何年もたらい回しにされていた。フィラデルフィアの粗野な刑事が、厳格な戒律を守るキリスト教の一派“アーミッシュ”の母子の家に潜伏する物語だった。


 フェルドマンは、従来の“刑事映画”と、世俗から隔絶されたコミュニティを構成するアーミッシュの組み合わせに興味をそそられたという。当時アメリカ人の多くはアーミッシュについて「今も18世紀そのままの暮らしを送っている人たち」というざっくりしたイメージしか持ち合わせていなかった。



 フェルドマンは20世紀フォックスと“ファーストルック契約”を結んでいたので、どんな企画であれ最初にフォックスと交渉することになっていた。ところがフォックスの責任者だったジョー・ワイザンは「田舎が舞台の映画は当たらない」とにべもなく却下した。


 脚本は187ページ、そのまま撮れば3時間分あったので、フェルドマンはケリーとウォレスにリライトを依頼し、2/3ほどの長さに刈り込んだ。リライト料の2万5000ドルは自腹で払った。再びフォックスに持ち込んだが、ワイザンは「脚本はすごく良くなったが、ウチでは田舎の映画は作らないよ」とにべもなく却下した。


 フェルドマンは、今度はスター俳優を確保すればいいと考えた。脚本から『友情ある説得』(56)のゲイリー・クーパーのイメージが浮かび、ハリソン・フォードに白羽の矢を立てた。フォードは「スター・ウォーズ」と「インディ・ジョーンズ」の二大フランチャイズでスターになったが、あくまでもアトラクション映画専門という扱いで、単独で主演した『ハノーバー・ストリート 哀愁の街角』(79)や『ブレードランナー』(82)は興行的には振るわなかった。今後のキャリアを拓くために、そろそろ本格的に演技力をアピールすべき潮時だった。


 脚本に惹かれたフォードは、渡りに船とほとんど即決で出演を承諾する。主演俳優が決まったことでまたもファーストルック契約に抵触することになり、フェルドマンは三度、20世紀フォックスに交渉に出向いた。フォックスとフォードは「スター・ウォーズ」で良好な関係にあったが、ウィザンは「それでもウチでは田舎の映画は作らないよ」とにべもなく却下した。


 もし後に大成功を収めると知っていたら、ウィザンは「田舎の映画」を作っていただろうか。いずれにせよウィザンは18ヶ月しかフォックスに在籍せず、翌84年に退任している。時期がわずかでもズレていれば、『刑事ジョン・ブック/目撃者』はフォックス製作になっていたかも知れない。しかしとんとん拍子に進んでいれば、フェルドマンはピーター・ウィアーという素晴らしい監督を得ることはできなかっただろう。



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