2020.12.10
関係者全員をステップアップさせた奇跡の映画
映画が全米公開された1985年2月、ハリウッドの話題は『ビバリーヒルズ・コップ』(84)が独占していた。同作は前年12月に公開されて以来興収ランキングの一位に居座り続ける大ヒットとなっていた。奇しくも刑事もの対決になった『刑事ジョン・ブック~』は、それでも初登場二位と善戦し、口コミで人気を広げていった。そして公開から五週目に、『ビバリーヒルズ・コップ』を抜いて一位を奪取するという驚異的なチャートアクションを見せ、その後も数か月トップテン圏内に留まった。
本作は、関係者ほとんどの人生を変えた。ハリソン・フォードはアカデミー主演男優賞にノミネートされ、タフなヒーローを演じるだけでなく、ついに繊細な演技力の持ち主であることを証明した。ウィアーの次回作になった『モスキート・コースト』(86)にも主演し、ウィアーとの2作品をキャリアで最高の体験だったと語っている。
『モスキート・コースト』予告
フォード以外の出演者は、ほとんど無名の存在から選ばれていた。映画出演は2本目だったレイチェル役のケリー・マクギリスは本作で脚光を浴び、『トップガン』(86)でトム・クルーズの相手役を務めることになる。殺人事件を目撃するレイチェルの息子、サミュエルを8歳で演じたルーカス・ハースの当時の夢はパイロットだったそうだが、今でも俳優を続けている。
悪徳刑事を演じたダニー・グローヴァーも本作で注目され、『リーサル・ウェポン』(87)ではメル・ギブソンとコンビを組む人のいい刑事を演じた。端役ながら、アーミッシュの農夫役で映画に初出演したヴィゴ・モーテンセンは、本作の現場で映画作りの楽しさに目覚め、その後のキャリアを映画中心にするきっかけになったという。
撮影監督のシールは本作以降、『レインマン』(88)、『イングリッシュ・ペイシェント』(96)、『コールド・マウンテン』(03)、『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』(15)でアカデミー撮影賞に都合5回のノミネート。『イングリッシュ・ペイシェント』で見事受賞を果たした。ウィアーと一緒に『刑事ジョン・ブック~』の編集に取り組んだトム・ノーブルも本作でアカデミー編集賞に輝いている。
ピーター・ウィアーは当初は『刑事ジョン・ブック~』を一種の雇われ仕事だと考えており、「スタジオの言う通りに撮ればいいと思った」と語っている。しかし本作は、明らかに通常のハリウッド映画とは違っていた。刑事ものでありながら、気品と美しさを備えた切ないラブストーリーであり、それ以上に、二つの価値観が衝突を描いた哲学的なヒューマンドラマだった。
ウィアーはその後、『いまを生きる』(89)、『グリーン・カード』(90)、『トゥルーマン・ショー』(98)、『 マスター・アンド・コマンダー』(03)と次々に名作をものにして、ハリウッドでも第一線の人気監督になった。そして『グリーン・カード』と『トゥルーマン・ショー』でプロデューサーを務めたのは、「田舎の映画は当たらない」と言われても決して諦めなかった、あのエドワード・S・フェルドマンである(フェルドマンはフォード主演の『K-19』(02)を最後にプロデュース業から退き、2020年10月に91歳で亡くなった)。
参考資料
「 Tell Me How You Love the Picture: A Hollywood Life」
エドワード・S・フェルドマン、トム・バートン著 St. Martin's Press
『刑事ジョン・ブック 目撃者』コレクターズ・エディションDVD特典映像
W・ケリー、E・W・ウォーレス著 角川文庫
『刑事ジョン・ブック 目撃者』劇場パンフレット
松竹、東北新社
DEADLINE マーティン・スコセッシインタビュー記事
「‘Mean Streets,’ ‘Taxi Driver,’ ‘Raging Bull,’ ‘Goodfellas’ & ‘The Irishman:’ Martin Scorsese Talks His Great Robert De Niro Films」
文: 村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。