© 2023 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.
『密輸 1970』知力と潜水能力で悪党どもに挑め!連帯する海女たちの痛快犯罪活劇
画面で語るということ
クォン軍曹が相棒とともに、大勢のチンピラ相手に死闘を繰り広げるシーンは、間違いなくこの映画の最大の見どころのひとつだ。アクション演出で定評のあるリュ・スンワンだが、本作のアクションシーンについては「基本に立ち返ることにした」と述べている。彼が言う基本というのは、俳優の視線と動線をあらかじめしっかりと決め、動作が展開される方向と空間を明確にすること、音や編集でごまかさないこと、だという。
空間を明確にする姿勢は、格闘シーン以外でもポジティブな効果をもたらす。映画の序盤、税関に摘発されるシーンで、ジンスクの弟が海面に落下してからチュンジャが姿を消すまでの流れは、何度見ても感動せずにいられない明快さだ。広い意味での「アクション」によって物語を運ぶこと、画面ですべてを語りきること。映画監督に最も必要な、しかしすべての映画監督が備えているとは限らないこの能力を、リュ・スンワンは持っている。クライマックスの水中アクションが見事なスペクタクルたりえているのは、彼のこの資質があってこそである。
さすがに水中の格闘は実際の海中ではなく、巨大な水槽のなかで撮影された。アーティスティック・スイミング国家代表のコーチが招かれ、撮影前は水に恐怖心を持っていたというヨム・ジョンアやキム・ヘスらの指導にあたった。「水中では、地上ではできないアクションが可能になると気づいた」とリュ・スンワンは言う。実際、地上でのアクションよりも速度が遅くならざるをえないにもかかわらず、ワイヤーも駆使して立体的に振り付けられたこのシーンのアクションは、アイディアにあふれ、とても目に楽しい。
『密輸 1970』© 2023 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.
音楽も最高!
この映画について語るときもうひとつ、忘れてはならないのが音楽だ。オープニングでトロット(韓国演歌)らしき曲(注4)が流れはじめたときには夢にも思わなかったのだが、ラストシーンを迎えるころには、筆者はすっかりサントラが欲しくなっていた。音楽監督はインディーバンドのヴォーカルで、シンガーソングライターであるチャン・ギハ。劇中に流れる1970年代の流行歌はすべてリュ・スンワンが選曲したものだが、とりわけ先ほど述べたクォン軍曹の大立ち回りのシーンに流れる、バンド「サヌリム」〔산을림〕の「僕の心に絨毯を敷いて」〔내 마음에 주단을 깔고〕は、ここにこの曲を持ってくるセンスも、シーンの長さに合わせてチャン・ギハが引き延ばしたという長い長いイントロ部分も素晴らしい(注5)。
ほかにも、チャン・ギハが書き下ろした曲を含めてあれこれ書きたくてたまらないが、すでに長すぎる文章になっているから涙を呑んで一か所だけ挙げておくと、ラストシークエンスからエンドロールにかけて、「無人島」〔무인도〕と「どこに身を寄せるかわからないけれど」〔머무는 곳 그 어딜지 몰라도〕が2曲続けて高らかに響きわたるときの、あの祝祭感たるや!
注
(1) このことは、見るからにエクスプロイテーション映画だという映画に限ったことではない。大韓民国芸術院の長を映画監督として初めて務めるなど、韓国映画界を牽引したキム・スヨン〔김수용、金洙容〕監督(1929-2023)の代表作のひとつ、『浜辺の村』〔갯마을〕(1965)においてさえ、海女が性的まなざしの対象にされていると論じられることがある。http://www.cine21.com/news/view/?mag_id=103247
(2) 上記リンク先の記事を参照。
(3) 本文のなかで引用・言及されるパク・チャヌクとリュ・スンワンの発言は、すべて次のリンク先の記事から取られている。http://www.cine21.com/news/view/?mag_id=103283 リュ・スンワンは監督デビュー前、パク・チャヌクの演出部などで経験を積んでいるが、そもそも中学・高校にかよっていたころからパク・チャヌクの書く映画評論を愛読し、大ファンだったとのこと。(http://www.cine21.com/news/view/?mag_id=103284)
(4) チェ・ホン〔최 헌〕が歌う「さくらんぼ」〔앵두〕。この曲の歌詞は、のちの展開のなかで意味を持つことになる。
(5) イントロの引き延ばしについては次のリンク先記事を参照。http://www.cine21.com/news/view/?mag_id=103282
文:篠儀直子
翻訳者、映画批評。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)、『BOND ON BOND』(スペースシャワーネットワーク)、『ウェス・アンダーソンの世界 ファンタスティック Mr.FOX』『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(以上DU BOOKS)、『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)等。
『密輸 1970』を今すぐ予約する↓
『密輸 1970』
7月12日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー中
配給:KADOKAWA、KADOKAWA Kプラス
© 2023 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.