海と獣、そして不在
第2章「R.M.F.は飛ぶ」は海洋調査で行方不明になったパートナーのリズ(エマ・ストーン)がダニエル(ジェシー・プレモンス)の元に戻ってくるという物語だ。リズの生還は荒れ狂う海に身を投げた『哀れなるものたち』のヒロイン、ベラ・バクスターのことを想起させる。ベラ・バクスターは身ごもっていた赤ん坊の脳と取り換えられたことで“蘇生”したが、リズの生還はダニエルに疑われている。ダニエルは友人に打ち明ける。帰ってきた女性は偽物だと。喪失という信仰。ダニエルにとってリズは自らが創り出した信仰のようなものに変わってしまっている。ダニエルにとっては愛する女性がいまも海のどこかに流されている方がよいのだろうか? 第1章のロバートが人生の舵取りのすべてをレイモンドに委ねていたように、ダニエルは行方不明になったままのリズに人生を支配されている。ダニエルはリズの“不在”を信仰しているように見える。それともダニエルの言うようにリズは偽物であり、フランケンシュタイン博士の怪物かレプリカントなのだろうか。
『憐れみの3章』©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
行方不明中のリズが犬たちに親切にされた夢を父親(ウィレム・デフォー)に打ち明けるシーンが興味深い。モノクロで描かれた犬が支配する島。ヨルゴス・ランティモスの映画において動物は人間に先立つ。犬たちはこの世界の男性たちよりもずっとリズのことを尊重してくれていたのだろう。第2章においては二人の飼っている猫をはじめ、動物の存在がクローズアップされている。
ダニエルは真実を明らかにしようと無理難題で無慈悲なことをリズに要求する。リズをテストする。リズの身体を破壊する。しかしダニエルは生還した女性のことをリズとは思っていないし、どんなことがあっても信じるつもりはないように見える。ダニエルは行方不明の事件から生還したパートナーを持つ女性(ホン・チャウ)に向けて、あなたのパートナーは偽物かもしれない、足のサイズを確かめてみるといいと、とてつもなくデリカシーのないアドバイスを送る。特別な反応や反論をせず、怒りや呆れや悲しみを抑えながらダニエルの話を聞いているホン・チャウのリアクション演技はニュアンスに富んでいる。しかし本作が哀れなダニエルに用意する憐れみには、信仰への懲罰と成就の両義性がある。そして“偽物”のリズの悲しみの血液は、ゆるやかに第3章へとつながっていく。