ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラブ?
第3章「R.M.F.サンドイッチを食べる」は、カルト集団の信者エミリー(エマ・ストーン)の見るモノクロームの夢が際立って美しい(本作の夢のシーンはすべてモノクロで撮られている)。プールの排水口に髪の毛が吸い取られ、身動きできなくなったときに助けてくれた双子の姉妹の夢。水の中で聞く音楽というイメージが美しい。紫色のダッジ・チェンジャーをフルスピードで運転するエミリーとアンドリュー(ジェシー・プレモンス)は、カルト集団の教祖にふさわしい、死者を蘇らせる能力を持った人物を探し回っている。エミリーは夢に出てきた双子の姉妹こそが運命の人物だと確信している。エミリーはイメージどおりの女性レベッカ(マーガレット・クアリー)に出会うが、元夫(ジョー・アルウィン)の仕組んだ性行為のため、教団を追放されてしまう。支配の喪失。この筋書きは第1章と近いものがある。
カルト集団のリーダーの一人アカ(ホン・チャウ)が、エミリーを破門にするときにかける言葉が非常にずる賢く危険だ。アカは“汚れた体”のエミリーを断罪するのではなく、破門がエミリーにとってよりよい人生のきっかけになるかもしれないと告げる。アカの計算された突き放し方は、エミリーのカルトへの服従心に火を点ける。破門にされたエミリーがどのような行動をとるかに至るまで、すべてはコントロールされている。エミリーは第1章のロバートがそうだったように、独自でこの問題を解決しようとする。再び支配されるために罪を犯す。妄想はエスカレートする。汚れた手をしたエミリーは、自分の罪を価値のあるものへ変えようと奮闘する。犯した罪を無価値にすることは許されなくなっていく。エミリーの忠誠心は疑いようがない。それは海よりも深い。しかし果たしてここに世界との“和解”はあるのだろうか?
『憐れみの3章』©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
第2章でリズが流した悲しみの血液が、第3章では水というテーマにつながる。海、プール、汗の味、涙の泉、不純な体液、水のないプールに飛び込む双子の姉妹の片割れ、そして再び血液と涙へとイメージを結んでいく。『憐れみの3章』の各章は、ゆるやかに、そして意地悪につながっているが、そのつながり自体にカタルシスはない。空を見上げれば冷淡なくらい無関心な神がいる。地下に潜れば海よりも深い支配がある。ヨルゴス・ランティモスはそのことをとびきりのユーモアと悪意で笑い飛ばし、あらためて私たちに問いを投げかけている。How deep is your love?―――あなたの愛はどれだけ深い?―――。
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『憐れみの3章』
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配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.