監禁と解放の関係
「あなたを利用したい人がいる/あなたに利用されたい人がいる/あなたを苦しめたい人がいる/あなたに苦しめられたい人がいる」(ユーリズミックス「スウィート・ドリームス(アー・メイド・オブ・ディス)」
『憐れみの3章』のテーマを代弁するようなユーリズミックスの「スウィート・ドリームス」が流れ、第1章「R.M.F.の死」は始まる。ロバート(ジェシー・プレモンス)の車が都会の夜の舗道で不気味な輝きを放っている。アクセルを踏んだロバートは、「R.M.F.」とされる男性の運転する車に突っ込んでいく。ロバートと「R.M.F.」は生きのびる。「R.M.F.」を殺す計画は失敗に終わった。
ロバートは上司のレイモンド(ウィレム・デフォー)にすべてを管理されている。食事の時間や妻のサラ(ホン・チャウ)とセックスをする時間、本を読むペース、何を着て何を食べるかに至るまで、ロバートは日常生活のすべてをレイモンドの指示に従って生きている。ロバートに自由な意思はない。レイモンドに支配されること、監禁されることを心の底から望んでいる。「R.M.F.」の暗殺はレイモンドの指令だ。しかしロバートは計画に失敗してしまった。レイモンドはもう一度計画を実行しろと言う。ロバートはこの命令を受け入れられない。レイモンドはロバートを見捨てる。自分の支配から解放する。自由の身になったロバートは、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。飲み物の注文さえ、あたふたしてしまう。初めて自分のために生きようと奮い立ったとき、ロバートの人生は粉々に崩壊していく。
『憐れみの3章』©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
ヨルゴス・ランティモスの映画における“監禁と解放の関係”というテーマが浮かび上がる。この支配の構図を作り出したのはレイモンドではなくロバートなのかもしれない。ロバートにとってはレイモンドの支配下にある方がずっと楽に生きることができる。支配の歯車としての自分。ロバートの抱える問題は、神が人間を創ったのか?それとも人間が神を創ったのか?という問題と似ている。ロバートの“閉じ込められたい”という心理を信仰と呼ぶべきか、それとも愛の深さと呼ぶべきか。ロバートとレイモンドと妻のヴィヴィアン(マーガレット・クアリー)が3人で顔を寄せ合うショットは、本作でもっとも美しくバカバカしく恐ろしい“和解”のショットだ。傑作といえる第1章に描かれた“支配と解放”への問いは、最終章まで響き渡っていく。