不安感を醸成する撮影
作家グレアム・グリーンが、当時気鋭といえるキャロル・リード監督のために新たに書いた物語は、友人の誘いでアメリカから戦後のウィーンの地に降り立った、売れない作家ホリー・マーティンス(ジョゼフ・コットン)が思いがけない不幸に出くわすところから始まる。主人公ホリーは現地に着くやいなや、仕事の世話をしてくれるはずの友人ハリー・ライムが交通事故で死亡したことを知り、その足で葬儀へと向かうことになるのだ。
到着時から、頼みの綱のはずだった友人の葬儀に出席するという奇妙な体験をしたホリーは、ハリーの死の状況に不審な点があることに気づく。事故の目撃者として当時の状況を語る者たちが、ハリーの顔見知りばかりなのである。そして、事故現場にいたとされる「第三の男」も姿を見せない。慣れない異国に迷い込んだ男は、その真相を探っていくうちに裏の顔を持つハリー・ライムを取り巻く陰謀に巻き込まれていく。
主人公の不安感を醸成するために多用された演出が、「ダッチアングル」と呼ばれるカメラを斜めにして不安定な構図を作り出す撮影技法だ。歴史ある街並みの荒廃とこの不穏な演出によって、観客もまた混乱期のウィーンの闇へと入り込んでいく。そんな闇を象徴するような街並みに佇む建物の真っ黒な戸口に、一条の光が差し込まれ、“死んだはずの人物”の顔を照らし出す場面は、衝撃的かつサスペンスフルだ。このような工夫が、本作にアカデミー賞撮影賞をもたらす要因になったといえるだろう。