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『第三の男』はなぜ映画史に残る屈指の傑作となりえたのか ※注!ネタバレ含みます

(c)Photofest / Getty Images

『第三の男』はなぜ映画史に残る屈指の傑作となりえたのか ※注!ネタバレ含みます

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時代の寵児オーソン・ウェルズがもたらしたもの



 いまでは密売人となって、イギリス当局の捜査の手を逃れるために自らの死を偽装していたハリー。そんな、“死んだはずの人物”であり、「第三の男」を演じたのが、当時俳優としても監督としても名を馳せていた時代の寵児、オーソン・ウェルズである。ウェルズは、倫理観や人間らしい心を失いつつも、開き直ってそれを正当化しようとする役を嬉々として演じている。


 インタビュー集『オーソン・ウェルズ その半生を語る』で、出番が少ないながら印象に残る役だと指摘されると、ウェルズはこのように振り返っている。「あの役が良かったのさ。脚本にある台詞は全部ハリー・ライムのことばかり。(フィルムの)十巻ずっと彼のことだけが話される。それにあの戸口のショットだ。最高のスター登場シーンだ!」(キネマ旬報社「オーソン・ウェルズ その半生を語る」)


 また、これも名場面とされる観覧車でのシーンでのハリーの語りは、なんと演じるウェルズ自身が書いたものだ。「こんな話を知っているか? 三十年間ボルジア家に支配されたイタリアは、戦争、恐怖、殺戮、流血の惨禍に遭ったが、ミケランジェロやダ・ヴィンチ、さらにはルネッサンスを生んだ。同胞が家族同様に愛で結ばれ、五百年のあいだ民主制と平和が続いたスイスは何を生んだか? 鳩時計だよ」


 このセリフは、ハリーがホリーに対し、物品を横流しするなどの悪事を平気でするようになった自分を正当化する文脈で発せられているが、ここで揶揄している「鳩時計」は、スイスの土産物屋で売られていることからスイスの工芸品だというイメージが一般に流布されている場合があるが、じつはドイツ発祥なのだという。そのことをのちにスイスからの書簡にて丁重な文面で指摘されたのだと、ウェルズはインタビューにて明かしている。



『第三の男』(c)Photofest / Getty Images


 名作だとされる映画の多くは、語り継がれるようなラストシーンが存在する場合が多く、本作もその例に漏れない。アリダ・ヴァリ演じる、ハリーの元恋人アンナ・シュミットが寂しく枯れた並木道を通り、途中で待つホリーを無視してクールに歩き去っていく様子を正面から捉えた長回しのショットは、『カサブランカ』(42)にも並ぶ、“ほろ苦”な名シーンとして、多くの映画ファンによって愛されてきたものだ。


 アントーン・カラスによる作曲と演奏。当時のウィーンロケによる本物の荒廃と、ダッチアングルやモノクロ撮影の闇の深さによる不安感の醸成。混乱の時代に失われる倫理観を表現したグレアム・グリーンやオーソン・ウェルズの風刺精神。そして、その全てを見事な一作にまとめあげ、映画史に残る屈指のラストシーンで締めることに成功したキャロル・リード監督の手腕。このような、さまざまな才能や魅力が凝縮された作品だからこそ、本作『第三の男』は長年の間、名作として愛されてきたのである。



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

Twitter:@kmovie



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