『汚名』あらすじ
あるパーティで出会ったアリシアとFBI捜査官デヴリン。二人は深く愛するようになるが、ナチ残党の大物セバスチャンから情報を引き出すため、アリシアはスパイとして彼に近付く。やがてセバスチャンから求婚されてしまった彼女は、スパイとしての使命とデヴリンへの愛で揺れ動く。そして苦悩の果てに、妻となってスパイ活動に身を捧げることを決意する…。
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46歳にしてヒッチコックが初めて挑んだ“ラブストーリー”
フランソワ・トリュフォー監督の『ピアニストを撃て』(60)を観たのは、筆者が高校生の頃だった。男と女。犯罪。場末の酒場。スクリーンの隅々にまで、トリュフォーが影響を受けたフィルム・ノワールへのオマージュが炸裂していた。
主人公のピアノ弾きシャルリを演じているのは、フランスを代表するシャンソン歌手のシャルル・アズナヴール。正直イケメンでもないし、女性と並んでもだいぶ小柄だし、どうにもこうにも煮え切らないキャラなのだが、彼の周りにはやたら素敵女子が群がってくる。当時ティーンエイジャーだった筆者は、「キャスティングに無理があるんじゃね?」と違和感を覚えたものだ。
シャルル・アズナヴールとフランソワ・トリュフォーの外見が似ていることに気が付いたのは、もう少し後になってからのこと。『ピアニストを撃て』の主人公は、他ならぬトリュフォー自身だったのだ。『大人は判ってくれない』(59)をはじめとする「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズで、ジャン=ピエール・レオに自分を投影したように。
女性を愛し、崇拝してやまなかったトリュフォーは、一貫して男女の恋の機微を描き続けてきた。かつて盟友だったジャン=リュック・ゴダールは政治を探求するようになったが、彼は恋愛を探求したのである。自らの化身を、映画の中に忍ばせて。
『汚名』(c)Photofest / Getty Images
トリュフォーは、アルフレッド・ヒッチコックへのインタビューを敢行した書籍「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー」のなかで、最も好きなヒッチコック作品が『汚名』(46)であることを公言している。この作品もまた、サスペンス映画の傑作であると同時に、ヒリヒリするような恋愛映画だ。
「なんといっても『汚名』はわたしにとって最高のヒッチコック映画ですし、すくなくとも、あなたの白黒映画ではわたしのいちばん好きな作品なのです。まちがいなくヒッチコック映画の真髄と言っていい作品だと私は確信しています」(*)
伝記作家のドナルド・スポットも、「ヒッチコックにとって『汚名』は、46歳にして初めて本格的なラブストーリーに挑んだ作品」と評している。生粋の恋愛作家であるトリュフォーは、そこに惹かれたのだろう。