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『汚名』トリュフォーが最も愛するヒッチコック作品である理由とは?

(c)Photofest / Getty Images

『汚名』トリュフォーが最も愛するヒッチコック作品である理由とは?

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裏切られ、笑いものにされた人間たち



 フランソワ・トリュフォーは、その生涯にわたって数多くの女優と浮名を流してきた。「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズでヒロインを務めたクロード・ジャド、『終電車』(80)のカトリーヌ・ドヌーヴ、『隣の女』(81)のファニー・アルダン。最後のパートナーとなったアルダンは、トリュフォーが52歳の若さで急逝したあと、彼の子供を出産している。彼の傍らには、いつも明眸皓歯な女性たちがいた。


 だが筆者は彼の作品を観るたびに、「容姿端麗でなければ身長も高くない自分の容姿に、コンプレックスを抱いていたのでは?」と感じてしまう。例えば、『恋愛日記』(77)。主人公ベルトラン(シャルル・デネル)は、決してハンサムではないけれど、美しい脚をした女性を見かけると必ず声をかけてしまう女好き。ドン・ファンばりの華麗な女性遍歴という設定に、トリュフォーの倒錯した自己投影っぷりを感じてしまったのだ。


 もちろん、ヒッチコックもその肥満体に強烈なコンプレックスを感じていたことだろう。だが彼は、物語の主人公に自分を投影するようなことはしない。ケーリー・グラント、ジェームズ・スチュワート、グレゴリー・ペックといった二枚目スターを起用して、実人生とは完全に切り離された、フィクショナルな虚構の世界を構築してみせた。そして『ヒッチコック劇場』でそのシルエットを晒し、人から笑われる前に自らを戯画化してみせたのである。



『汚名』(c)Photofest / Getty Images


 おそらくヒッチコックは、自分が撮った映画の主人公たちに何の思い入れもない。むしろ、ずるさだったり、弱さだったり、嫉妬だったり、人間の醜い本性が滲み出てしまう脇役に、シンパシーを抱いている。トリュフォーは慧眼鋭くそれを見抜いていた。


 「ほとんどの偉大な映画監督が観客を主人公に同化させた。しかし、ヒッチコックは、むしろ、二次的な人物にわたしたちを同化させるーーー裏切られ、笑いものにされた人間や悪党に」(*)


 『汚名』には、2分以上ある伝説のキスシーンがある。当時はヘイズ・コードと呼ばれる自主規制条項があったため、キスは1回につき3秒以内という謎のルールがあったのだ。そこでヒッチコックは、他愛もないお喋りをしてはキス、またお喋りをしてはキスという荒技を繰り出して、ヘイズ・コードを回避してみせたのだ(しかも、結果的によりエロティックなシーンになっている!)。


 だがトリュフォーの心を掴んだのは、イングリッド・バーグマンとケーリー・グラントとの官能的なキスではない。それは、裏切られ、笑いものにされた、セバスチャンの報われない想い。ゆえに『汚名』は、ヒッチコックのフィルモグラフィーの中でも一際エモーショナルな作品として屹立しているのだ。


(*)『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』晶文社



文:竹島ルイ

ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。



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