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『裏切りのサーカス』緻密なスパイ・スリラーを際立たせた、夫婦脚本家の脚色術
原作にはないクリスマス・パーティの場面がもたらしたもの
ブリジット&ピーターが新たに創り出したシーンも極めて上質な効果を生んだ。例えば、スマイリーが序盤にメガネを新調する場面は、これまでとは違うパースペクティブで物事を見つめるというメタファーであることは歴然としている。と同時に、フラッシュバックを多用する本作においてこのトレードマークの変化は、「過去」と「現在」を見分けるための道しるべとしても重要な役割を果たすことになる。
さらにもう一つ、この映画版のために新たに生み出された非常に忘れがたい場面がある。それが「スパイたちのクリスマス・パーティ」だ。
原作でパーティに言及している部分といえば「毎年クリスマスに、サーカスの近くのそこここでひらかれる内輪のパーティ」という記述くらい。ここから想像力を膨らませたのかどうかは皆目わからないが、ブリジット&ピーターとアルフレッドソン監督は「すべての登場人物たちが一堂に会する場面を作りたい」という一心でこのシーンを着想したそうだ。
『裏切りのサーカス』(C) 2011 Karla Films Ltd - Paradis Films sarl - Kinowelt Filmproduktion GmbH. All rights reserved.
その上で、ル・カレにも当時の模様を詳しく尋ね、かつてMI5のパーティでは酔っ払った職員がビール瓶を路上に投げつけるほど羽目を外し、警察が出動する騒ぎにもなったという逸話を聞き出したのだとか。いつもは仏頂面で付け入る隙もない登場人物の素顔をさらけ出す上でも、これ以上にハマる場面は他になかっただろう。このさりげなくも、物語を彩るあらゆる要素を集約させたかのような描き方には、思わず溜息がこぼれそうになる。
狭い空間の中、『殺しの免許証』(65)でもおなじみのサミー・デイヴィス・Jr.の”The Second Best Secret Agent in the Whole Wide World”を合唱する職員たち。そこで、いざサンタ姿のレーニンが壇上に現れると、皆が口々にソ連の国歌を歌い始める。誰もが歌詞を暗唱し、まるで自国の国歌みたいに腹の底から歌い上げる姿は(真っ先に映し出されるのはカメオ出演のジョン・ル・カレ本人)、ある意味、クリスマスにだけ許された休戦協定のようにも思えるし、またこの場面からは、今この時間、世界の裏側のソ連側でも同じようにスパイたちが敵国の国歌を高らかに歌い上げている様子が想像できやしないだろうか。