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『ライオン・キング:ムファサ』鮮烈でスリリングな“バリー・ジェンキンス映画”としての前日譚

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『ライオン・キング:ムファサ』鮮烈でスリリングな“バリー・ジェンキンス映画”としての前日譚

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バリー・ジェンキンス監督が刻んだ「傷(スカー)」



 全編を貫くのは、ムファサとタカを中心とするキャラクターの群像劇と、その細やかな心理描写に焦点を絞った演出的アプローチだ。“超実写”のコンセプトを突き破るような激しい演出も、ムファサと(のちの妻である)サラビの静かなふれあいも、怒りと悲しみが入り混じったタカの瞳も、すべてはそのためにある。ありとあらゆる表現が、もはやナショナル・ジオグラフィック的なものからは遠いところにあるのだ。


 『ムーンライト』(16)や『ビール・ストリートの恋人たち』(18)などを手がけてきたバリー・ジェンキンス監督が『ライオン・キング』に挑むという、異色のコラボレーションの意義はまさしくここにある。公式には曖昧にされている「実写なのか、アニメーションなのか」という問いに対し、彼は「この映画はアニメーション」だと言い切ったうえで、あえて実写映画をともに作りあげてきたスタッフ陣を起用して自らの創造性を刻み込んだ。


 プロデューサーは大学時代からの仲間であるアデル・ロマンスキーと、ともに製作会社を立ち上げたマーク・セリアク。また撮影監督のジェームズ・ラクストン、編集のジョイ・マクミロン、美術監督のマーク・フリードバーグ、劇伴音楽のニコラス・ブリテルは、全員が“バリー・ジェンキンス組”の常連者である。


 キャラクターの内面と関係性にしっかりと寄り添う演出により、いつからか『ライオン・キング』のレガシーを背負ったムファサよりも、いくつもの欠陥を抱えたタカやキロスのほうが生き生きとして見えてくる(演じたケルヴィン・ハリソン・Jr.とマッツ・ミケルセン、吹替の松田元太&渡辺謙による演技も振り切れて魅力的だ)。まるで、マーベル映画『マイティ・ソー』シリーズで、主人公のソー以上に、屈折した弟のロキに人間味を感じるようだ。同時に、タカとキロスの2人に暗い光を投げかけることで、王としての責任に目覚めてゆくムファサの硬派な姿を逆説的に照らし出すのがジェンキンスの巧さでもある。


 かくして『ライオン・キング』とジェンキンスの出会いは絶妙なバランスを生んだわけだが、両者の性質がある部分では見事に融合し、ある部分では衝突したことで、必然的に興味深い齟齬が生まれたことにも注目したい。


 たとえば、シリーズの呪縛から自由になったように見えつつも、この物語は『ライオン・キング』のオリジナルにつながる以上、「血統主義を肯定するか、否定するか」という問いには解答を出しきれなかった。また、動物たちが暮らしてきたアフリカの土地を、外部から現れた“真っ白な”ライオンが占領するというプロットが示唆するものは(監督のフィルモグラフィを振り返っても)明確だが、物語の結末が「プライドランド=新たな王家の成立」という着地点から逆算されているため、劇中の解決策はやや危ういものになっている。


 それでも本作の場合は、シリーズとクリエイターの激突で発生したプラスとマイナスが、そのまま『ライオン・キング』シリーズと作品に突如出現した“傷(スカー)”として、もっといえば「コンテンツ」ではなく「映画」製作そのものの豊かさとして、スリリングなかたちであらわれた感がある。その意味で、数々の続編とリメイクを送り出しつづけるディズニーにとっても『ライオン・キング:ムファサ』はきわめて重要かつ革新的な一作だ。何度でも許される試みではないのかもしれないとは理解しながら、こうした野心的な取り組みが今後も続くことを期待したい。


[参考資料]

Mufasa: The Lion King director and cast reveal how the Disney prequel will defy expectations: "As someone who was very familiar with The Lion King, I was shocked at how many things I assumed I knew"



文:稲垣貴俊

ライター/編集者。主に海外作品を中心に、映画評論・コラム・インタビューなどを幅広く執筆するほか、ウェブメディアの編集者としても活動。映画パンフレット・雑誌・書籍・ウェブ媒体などに寄稿多数。国内舞台作品のリサーチやコンサルティングも務める。



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『ライオン・キング:ムファサ』

大ヒット上映中

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

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