映画史に残るスカイ・チェイスはいかにして撮影されたか
車の次は飛行機だ。コールフィールドが陰謀を追う一方で、閉鎖された空軍基地から小型飛行機で逃げ出した3人の宇宙飛行士たちは砂漠に不時着し、3方向に別れて人家を探すことになるが、ここからはブルーベーカー(ジェームズ・ブローリン)に焦点が当てられ、歩きながら逃げる側と、ヘリコプターによる追跡が描かれる。
ピーター・ハイアムズ監督は公開当時、同世代の監督について質問されて、3歳年下のスティーブン・スピルバーグを挙げ、「監督として最高だと思う。『ジョーズ』(75)は最近の映画としては出色のものだね。テクニックと、エモーショナルなサイドとが両立しているということが大切なんだ」(『キネマ旬報』)と答えている。『ジョーズ』や、その原点と言うべき『激突!』(71)が共に、敵の姿をはっきり見せないことで恐怖を盛り上げていたことを思えば、『カプリコン・1』もそうした作り方を踏襲している。実際、大がかりな陰謀が蠢く作品だが、黒幕として登場するのはNASA所長のジェームス・ケラウェイ博士だけで、それ以外の権力者たちの姿は影に隠れている。しかも、ケラウェイ博士も直接的に宇宙飛行士たちを脅かすような発言はしない。それゆえに、背後に潜む巨大な権力の存在を感じ続けることになる。ヘリによる執拗な追跡にしても、追う側は無機質な存在として描かれているゆえに不気味さが増す。
『カプリコン・1』(C)Capricorn One Associates 1978
特筆すべきは、無人のガソリンスタンドでようやく人心地ついたブルーベーカーが腰を下ろした窓辺の背中越しに、黒い点が見えたかと思うと、みるみる大きくなってヘリが真っ直ぐに向かってくる場面だろう。その緊迫感たるや、何度観ても声を挙げそうになる。ヘリがスタンドの中を伺うように地面スレスレにしばらくホバリングしているのも、『激突!』の大型トラックと同じく生き物のように見えてくる。
さて、鮮やかな転換によってコールフィールドとブルーベーカーがあっという間に合流して、ヘリ2機と複葉機によるスカイ・チェイスが始まるが、これがカー・アクション同様、これまで映画でやり尽くしてきた技法を刷新しようという意欲に満ちたものだ。
まず、ハイアムズ監督はカー・アクションと同じく最高の専門家をスタッフに入れるところから始めた。白羽の矢を立てたのは、『華麗なるヒコーキ野郎』(75)で飛行シーンを担当したパイロット、フランク・トルーマンである。彼にスカイ・アクションをどう展開させるかを設計させ、それを基に撮影方法の検討に入った。撮影用に改造されたヘリの下部にカメラを固定し、宙吊り状態でカメラマンがコントロールすることで、縦横無尽な空中での動きと映像を一体化させたのだ。
その効果は、実際に映画を観れば一目瞭然である。カリフォルニアのモハーヴェ砂漠で撮影されたヘリ2機が旧式の複葉機を追いつめ、上から押しつぶそうとし、さらに老いぼれをからかうように、ヘリのスキッド(金属パイクの着陸用の脚)で複葉機の上翼を小突くのを実際に飛行しながら見せるのだから、もはや他人事とは思えないほど、一緒に飛んでいる気分を味わうことになる。
こうして観ていくと分かるように、『カプリコン・1』は火星有人宇宙船という近未来の設定とか火星着陸捏造映像というセンセーショナルなアイデアに溺れることなく、古典的なカー・アクションとスカイ・アクションを徹底的に突きつめることで、骨太なサスペンスとアクションに満ちた秀作を作り上げたのだ。
文:モルモット吉田
1978年生。映画評論家。別名義に吉田伊知郎。『映画秘宝』『キネマ旬報』『映画芸術』『シナリオ』等に執筆。著書に『映画評論・入門!』(洋泉社)、共著に『映画監督、北野武。』(フィルムアート社)ほか
『カプリコン・1』Blu-ray
7月4日発売 ¥2,500+税
発売・販売元:キングレコード
(C)Capricorn One Associates 1978