
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
『リアル・ペイン~心の旅~』「ヘイ!ベンジー」と呼びかける声、正当な痛みとはなにか?
2025.02.10
歩く矛盾
対照的なキャラクター同士によるバディムービー。『リアル・ペイン』の企画当初、ベンジー役はジェシー・アイゼンバーグが演じる予定だったという。たしかにベンジーという早口で神経症的なキャラクターは、ノア・バームバック監督による傑作『イカとクジラ』(05)の青年役から続く、自分の欠点や矛盾に対処できずにいるジェシー・アイゼンバーグ的なキャラクターに近いものがある。ジェシー・アイゼンバーグはベンジーというキャラクターについて、「(自身の)影のバージョン」と述べている。
ベンジーはデヴィッドの足の美しさを褒める。おそらくそんなことを一度も言われたことがないであろうデヴィッドは、自分の足を気にするようになる。ベンジーは人が気づいていない魅力を指摘できる人だ。愛していて、憎んでいて、殺したいときもあるけど、ベンジーのようになりたい。普段感情を制御しているデヴィッドの言葉は、そのままジェシー・アイゼンバーグ自身の言葉ともいえる。感情のままに生きているベンジーとは対照的に、デヴィッドは痛みを隠しながら生きている。デヴィッドはベンジーの打算のない言葉、裏表のない態度を心から羨ましいと思っている。
『リアル・ペイン〜心の旅〜』©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
前作『僕らの世界が交わるまで』(22)に続き本作のプロデューサーを務めたエマ・ストーンは、精神的に不安定な役を演じながら監督という“管理者”を務めるのは良い考えではないと、ジェシー・アイゼンバーグにアドバイスしたという。そのアドバイスは大きな成功を導いている。キーラン・カルキンは驚くべき繊細さと愛すべきエネルギーで“歩く矛盾”であるベンジーを演じきっている。
つまるところベンジーにはハートがある。他者の瞳の中に自分を見ること。ベンジーの抱える矛盾が、デヴィッドや周囲の人たち、私たち観客と鏡像関係を結んでいく。屠殺を忘れて肉を楽しむ。人類の悲劇の“観光化”。矛盾を抱えながら生きているのは、なにもベンジーだけの話ではない。ジェシー・アイゼンバーグはすべてのキャラクターを美化することなく描いていく。この映画は問いを投げかけている。正当な痛みとは何か?果たしてそれはどこにあるのか? 私たちの生=痛みは歴史のどこに位置づけることができるのか?