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『リアル・ペイン~心の旅~』「ヘイ!ベンジー」と呼びかける声、正当な痛みとはなにか?

©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

『リアル・ペイン~心の旅~』「ヘイ!ベンジー」と呼びかける声、正当な痛みとはなにか?

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騒々しさと沈黙の間に



 人のいない路地、道路標識、剥がれた壁。ショパンの夜想曲第2番の音楽にのせてスナップショットのように撮られていくポーランドの街の風景が素晴らしい。イエジー・スコリモフスキ監督の『EO イーオー』(22)の撮影監督ミハウ・ディメクによって撮られた街の風景は、騒々しいツアーと凍り付いた歴史のコントラストを浮かび上がらせている。ガイドによる説明やキャプションがなければ、その建築物がどのような歴史を持っているのかを知ることは難しい。しかしどのような人であれ、この街の風景を通り過ぎていく人々は、歴史とのつながりの上に立っている。ツアー一行は強制収容所へ向かう。とてつもない惨劇が起きた空間を前に一同は言葉を失くす。歴史の痛みに動揺する。何も感じないわけがない。


 「あの場所を撮影する最悪の方法は、ヴァイオリンの演奏や俳優のアップを撮ることでしょう。つまり俳優たちが悲しみを露わにしているところを撮ることです。それはあの場所の持つ力を奪い、映画制作に注目を集めるような、醜悪で無礼なやり方のように思えます。」(ジェシー・アイゼンバーグ)*


 どのように歴史とつながるか。撮影交渉に8か月かかったという強制収容所のシーンで、ジェシー・アイゼンバーグはありのままの風景を撮り、“沈黙”を選択する。ジェシー・アイゼンバーグは以前にパートナーとこの場所を訪れている。かつて一緒に住んでいた父親の叔母のルーツを知るために。アイゼンバーグ家の歴史を探るために。本作の撮影後、ジェシー・アイゼンバーグはポーランドの国籍を取得している。


『リアル・ペイン〜心の旅〜』©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.


 ユダヤ人による歴史とつながる儀式。デヴィッドとベンジーは祖母の住んでいた家の玄関先に石を置く。故人への追悼。まったく無関係の人からは一見無駄に見えるような“伝統”のジェスチュアが、二人と歴史をつないでいる。そこには確かな価値がある。同時に歴史との距離がある。


 デヴィッドとベンジーは祖母の記憶を共有しているが、お互いの両親を共有しているわけではない。そこには埋められない距離がある。目の前にいる親友との距離。自分の家族の歴史との距離。その意味で本作は他人の痛みとの距離に関する映画といえる。ジェシー・アイゼンバーグはどうすればこの距離を近づけることができるのか、映画を撮ることで考えている。


 ツアーが終われば、それぞれが当たり前のように元の生活に戻っていく。しかし歴史や自分たちの特権性、他人の痛みから目を背けてはならない。『リアル・ペイン』はそう主張しているように思える。大事なことは目の前にいるあなたとハグを交わすこと。家に帰って子供たちとハグを交わすこと。そして大切な人の名前を相手の返事があるまで呼び続けること。正当な痛みとは何か? デヴィッドが「ヘイ!ベンジー」と何度も呼びかけるその声は、大切な人との距離を失わないための声であり、自分の今いる位置、自分の生=痛みを知るための声として響いている。


*Final Draft A Screenwriting Podcast [Write On: 'A Real Pain' Writer/Director Jesse Eisenberg]



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



『リアル・ペイン〜心の旅〜』

大ヒット上映中

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

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