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『紅夢』色彩に魅せられ色彩に追放される、紅い“ゴースト・ストーリー”
『紅夢』あらすじ
1920年代の中国。父親を亡くし、貧しい生活を愚痴る義母から逃げるために、頌蓮はすでに3人の夫人を持つその地の財産家である陣佐千の元へ嫁ぐ。各夫人には1院から3院までの住居が与えられており、第4夫人となった頌蓮の4院には、主人の寵愛を受ける赤い提灯が飾り付けられていた。初夜の夜、第3夫人の梅珊に邪魔をされた頌蓮だったが、あらためて夫人たちに会うと、彼女たちは陣佐千に寵愛を受けるために生きているかのように見えた。そして愛憎渦巻く夫人たちとの関わりの中で事件は起こった。
Index
美しさという権力
「これは数人の女性とその悲劇についての物語です。善人であるか悪人であるかは関係なく、彼女たちは同情に値します。彼女たちの人生に悲劇が降りかからないことを願っています。」(チャン・イーモウ)*
『紅夢』(91)は19歳のスンリェン(コン・リー)を真正面から見据えるショットで幕を開ける。強制的に終わりを告げられた少女時代。父親が亡くなり、経済的な事情で大学を中退せざるを得なくなったスンリェンは、裕福な家の第4夫人として生きていくことになる。自分の運命を受け入れる心の準備はまだ出来ていない。放心状態のようなスンリェン。フレームの外から聞こえる義母の言葉はスンリェンの心にまるで響かない。スンリェンは思わずこらえていた涙を流す。この涙には諦念と共に、これから不本意な人生を歩むことへの悔しさ、そして反抗心がある。チャン・イーモウ監督の初期傑作群において、コン・リー演じるヒロインたちを特別なものにしているのは、この滲み出るような反抗心だろう。
「張芸諜 チャン・イーモウ 艶やかなる紅の世界」
嫁ぎ先に向かう際、スンリェンは御輿に乗ることを拒否する。使用人に荷物を持たせることを拒否する。スンリェンは自分の足で歩くことで上流階級の慣例に意識的に反抗している。陳家の他の夫人たちと違い、スンリェンには教養がある。プライドがある。なにより若さがある。しかし、ただでさえ小さいスンリェンの身体は、城壁のごとく高い壁に囲まれた立派な建築物の中でより小さくなっていく。伝統的だが無機質で冷たく、封建的な屋敷のデザイン(ロケ場所は喬家大院)。ここでは教養は求められず、プライドは踏みにじられ、若さは搾取される。女性は屋敷から自由に出ることが許されていない。スンリェンは屋敷の囚われの身となる。この建築物自体が長い家父長制の歴史への執着を象徴している。権力者が思い描いてきたユートピア=ディストピア。スンリェンは、いわば“歴史の重み”に圧し潰されそうになっていく。
夫人たちにはそれぞれの住居が与えられる。屋敷に帰ってきた主人が過ごす住居の前に紅い提灯が祝祭のように点灯される。陳家にとって紅い提灯は幸福の象徴だ。夫人たちは跡継ぎの男の子を産むことを期待されている。提灯の点灯は夫人たちにとって特権を意味する。グリッドパターンを形成する建築物や紅い提灯は、美しければ美しいほど悲劇を生んでいく。本作において、構図や色彩の美しさは権力の象徴なのだ。夫人たちの間で起こる覇権争いに巻き込まれることで、スンリェンの反抗心はあっという間に別のベクトルへと変化していく。