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『さらば、わが愛/覇王別姫』中国近代史と悲恋、チェン・カイコーが描いたこと/描かなかったこと

©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

『さらば、わが愛/覇王別姫』中国近代史と悲恋、チェン・カイコーが描いたこと/描かなかったこと

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『さらば、わが愛/覇王別姫』あらすじ

京劇の俳優養成所で兄弟のように互いを支え合い、厳しい稽古に耐えてきた2人の少年――。成長した彼らは、程蝶衣(チョン・ティエイー)と段小樓(トァン・シャオロウ)として人気の演目「覇王別姫」を演じるスターに。女形の蝶衣は覇王を演じる小樓に秘かに思いを寄せていたが、小樓は娼婦の菊仙(チューシェン)と結婚してしまう。やがて彼らは激動の時代にのまれ、苛酷な運命に翻弄されていく…。



 物語はすべてが終わったあとから始まる。京劇のスター俳優だった、程蝶衣(チョン・ティエイー)と段小樓(トァン・シャオロウ)が10年ぶりの再会を果たすのだ。2人が舞台で共演するのは21年ぶり、いや22年ぶりだという。「四人組のせい」で、2人は長らく断絶状態にあったのだ。


 「四人組」とは、1966年~1977年に中国(中華人民共和国)で起きた、毛沢東主導の文化大革命を指揮した政治家4人のこと。当時、権力をもつとみなされた政治家や知識人らは「反革命分子」「実権派」と呼ばれ、激しい弾圧を受け、少なくとも数百万人の犠牲が出たといわれる。


 映画『さらば、わが愛/覇王別姫』(93)は、日清戦争の記憶もそう遠くなかった1924年を皮切りに、日中戦争や日本軍の支配期、国民党政府時代、そして文化大革命を経た1970年代まで、およそ50年もの時代を駆け抜けるダイナミックな大河ドラマだ。そして、蝶衣と小樓という京劇役者2人の愛情と半生を描く物語でもある。


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中国近代史と2人の京劇役者



 『さらば、わが愛/覇王別姫』は、のちに『始皇帝暗殺』(98)や『北京ヴァイオリン』(02)などを手がける名匠チェン・カイコー監督の出世作である。長編デビュー作『黄色い大地』(84)や『子供たちの王様』(87)などで才能を買われたカイコーが、豪華キャストと潤沢な製作費のもと挑んだ本作は、第46回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞。第51回ゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞にも輝いた。


 原作は李碧華(リー・ピクワー)が1985年に発表した同名小説。中国の歴史劇を映画化した本作が世界に広く届いたのは、歴史そのものより、蝶衣と小樓の関係をクローズアップする作戦が功を奏したためだろう。原作者自らが脚本を執筆した物語は、大きな歴史の流れに対し、人々の悲恋と悲運が強調されるメロドラマとなったのだ。



『さらば、わが愛/覇王別姫 4K』©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.


 遊女の母親に育てられた小豆子(のちの蝶衣)は、母に捨てられ、京劇の俳優養成所に預けられる。そこで出会ったのが、豪胆で力強い兄貴分の小石頭(のちの小樓)だった。2人は拷問のように厳しい日々の稽古に耐え、ついに花形役者となる。


 彼らが評判となったのは、京劇『覇王別姫』。西楚の覇王(項羽)が、漢の劉邦との戦いで絶体絶命の危機に立たされる物語だ。愛人である虞姫、自らの乗る愛馬とともに窮地にあった覇王は、すでに自軍が敗走したものと考え、虞姫に逃げるよう伝える。しかし虞姫は去らず、覇王のために舞い、そして覇王の刀で自らの命を絶つのである。


 「われは女にして、男にあらず」。この虞姫の台詞を、小豆は稽古中に何度も「われは男にして……」と言い間違え、師匠から厳しい指摘を受ける。有力者の前でも言い間違えてしまったとき、石頭は小豆の口に棒を突っ込み、二度と間違えないよう強く説いた。その時から、小豆=蝶衣は現実と劇の境目を忘れてしまったのだ。


 蝶衣は芸事のため、自らの美しさを高く評価する権力者に身体を委ね、その一方で覇王を演じる石頭=小樓に思いを寄せる。ところが、小樓は蝶衣とは異なり、実生活と舞台をきっぱりと分ける男だった。やがて小樓は、かつて蝶衣を捨てた母と同じく遊女をしている菊仙(チューシェン)と結婚を決める。2人の関係は、この時から大きく動きはじめるのだった。





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