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『紅夢』色彩に魅せられ色彩に追放される、紅い“ゴースト・ストーリー”

© 1991, China Film Co-Production Corporation, All rights reserved

『紅夢』色彩に魅せられ色彩に追放される、紅い“ゴースト・ストーリー”

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ゴースト・ストーリー



 「私が表現したいのは何千年も続いてきた中国人の抑圧と閉塞感です。女性は男性よりも重荷を背負っているため、それをはっきりと身体に表現することができる」(チャン・イーモウ)*


 『紅夢』はプロデューサーにホウ・シャオシェンを迎えている。チャン・イーモウはホウ・シャオシェンの『童年往事 時の流れ』(85)とエドワード・ヤンの『台北ストーリー』(85)を見て好感を持ったという。また、チャン・イーモウが撮影監督を務めたチェン・カイコー監督の『黄色い大地』(84)を、この二人の台湾の映画作家も気に入っていたことから、台湾と中国をまたいだ交流が始まったという。『紅夢』のホウ・シャオシェンのクレジットは資金を得るための商業的な理由だという。当時のチャン・イーモウが本作のような映画を撮るには海外の資金に頼る必要があった。当局を欺きながら体制批判の映画を撮る。まるで『紅夢』の封建的な世界を“演技”によってサバイブするスンリェンの姿そのもののようでもある。夫人たちは男性=権力者のアイデンティティの外側で生きていくことを許されていない。何千年にも渡る抑圧と閉塞感に圧し潰された亡霊たちが、陳家の敷地内をさまよっている。


 主人と夫人たちの関係はいわばビジネス関係のようなものだ。そこに愛はない。ゲームのようなビジネスに勝つことだけが、ここでは求められる。『紅夢』を見た観客は、夫人たちの顔を思い出せても主人の顔を思い出せることはないだろう。主人の顔はほとんど認識できない。チャン・イーモウは意図的に、そして不気味なくらいに主人の姿をカメラから遠ざけている。


 スンリェンが妊娠を装うことでゲームは急速に動き始める。この閉ざされた屋敷における生存競争が本格化する。スンリェンの住居は常に紅い提灯の光に照らされる。妊娠することにより得た絶対的な権力。しかし偽りの妊娠を暴かれたスンリェンは紅い提灯を剥奪される。提灯は黒い幕で覆われる。灰になった提灯=幸福。亡骸のような提灯。紅い光という権力に守られていたスンリェンは、あらゆる色彩の外に追放される。夏から始まった物語は、秋を経て悲劇の冬に至る。そして再び夏がやってくる。本作は意図的に春の暦と色彩を省いている。この屋敷に春の訪れは永遠にやってこない。


 『紅夢』という映画にせめてもの救いがあるとするならば、それはスンリェンの仕掛けた“復讐”に宿っている。人間の尊厳や欲望を消滅させてきた歴史に対する“復讐”。スンリェンはこの屋敷に亡霊がさまよい続けていることを人々の心に植え付ける。色彩に追放され、犠牲となった亡霊たち。紅い“ゴースト・ストーリー”。何千年にも渡る家父長制への告発。美しさという権力への告発。『紅夢』は美学的、主題的な達成においてチャン・イーモウの最高到達点であり、未来に渡って議論されるべき真の傑作だ。


*「Zhang Yimou: Interviews」Frances Gateward編



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



『紅夢』

「張芸諜 チャン・イーモウ 艶やかなる紅の世界」

全国順次公開中

配給:AMGエンタテインメント

© 1991, China Film Co-Production Corporation, All rights reserved

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