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『ルノワール』世界が注目する早川千絵、全編を貫くブレない美学と倫理

© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners

『ルノワール』世界が注目する早川千絵、全編を貫くブレない美学と倫理

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※本記事は物語の核心に触れているため、映画未見の方はご注意ください。


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早川千絵監督のタッチと印象派の絵画ついて――『ルノワール』というタイトルに隠された「理由」とは?



 2025年の第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門において、唯一の日本映画として正式出品された早川千絵監督の長編第2作『ルノワール』。学生映画を対象とするシネフォンダシオン部門に選出された短編『ナイアガラ』(14/PFFアワード2014グランプリ受賞作)、新人監督を対象にしたカメラドールのスペシャルメンション(特別表彰)を授与された長編デビュー作『PLAN 75』(22)に続いて、早川監督はすでに3度目のカンヌ参加となった。まさに世界が注目する新進気鋭のシネアストのひとりと言えるだろう。


 今作の主人公は11歳の少女、沖田フキ(鈴木唯)。病に伏して余命僅かと診断されている父親・圭司(リリー・フランキー)と、仕事や家事で多忙な母親・詩子(石田ひかり)のもとで、孤独と葛藤を育てるフキのまなざしを通してひと夏を描く物語だ。


 時代設定が劇中で直接明示されているわけではない。だが既発のインタビュー記事などで、早川監督は少女時代の極私的な記憶やイメージの断片から、今回の映画作りをスタートしたと明らかにしている。


「自分の伝記ではないけれど、(私自身の記憶は)かなり投影されていると思います」「自分が子どもの頃に感じていた違和感やざわざわしたもの、そういうものをずっと覚えていて、いつか映画にしたいと思っていました」(早川監督インタビューの弁。「FIGARO.jp」2025.6.6配信記事「立田敦子のカンヌ映画祭2025#11」より)。


 となると、だ。野暮な解読で恐縮だが、1976年生まれという早川監督のプロフィールから単純計算するなら、『ルノワール』の舞台は1987年頃の郊外だと推察されるだろうか(ロケ撮影は岐阜を中心に、千葉や神奈川で行われている)。ちょうどバブル景気に突入した時期。子どもの目線には経済的な活気や沸騰は遠い光景だが、しかし階層的な豊かさを手に入れた大人たちの狂騒の気配は随所で後景に感じ取ることができる。



『ルノワール』© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners


 だが一方で実録物のように、あまり特定の年代に視野を限定させると作品の意図から外れてしまうだろう。例えばキャンプファイアーの場面で流れるYMOの「ライディーン」(1980年のヒット曲。オリコンチャート最高順位15位)にしろ、テレビ番組のゴールデンタイムを賑わせていた海外からの超能力者にしろ、ニュースで流れる少年の親殺し事件(象徴的に想起されるのは受験戦争を背景とする1980年に起きた浪人生の「神奈川金属バット両親殺害事件」だ)にしろ、フキが好奇心から手を出してしまう出会い系サービスの元祖「伝言ダイヤル」(1986年にNTTが開始)にしろ、飽くまでもひとりの作家の記憶による雑多な集合体から、映画の世界像が独自に編まれていると考えるのが適切かと思う。


 実は『ルノワール』というタイトルも、早川監督によれば「理由づけや説明といったものからなるべく離れる形で作りたいという思いがあったので(中略)ストーリーに深く関与しているわけではない」(オフィシャルインタビューより)らしい。あえて言うなら、80年代には印象派の絵画が日本で流行し、レプリカがよく売られていた――それが当時の時代のムードや、表面的な西洋への憧れを象徴しているのではないか、と早川監督は「後付けの理由」として語っている。劇中では父親・圭司が入院している病院のロビーで、フキがオーギュスト・ルノワールの有名な少女像『可愛いイレーヌ』(1880年制作)に目を止める。だが本作に魅せられた観客の多くは、これを重要なモチーフとして真に受けてしまうのではなかろうか。カンヌでの指摘にもあったらしいが、『ルノワール』の語りや演出のタッチは“点描”の細やかさを大切にしたもの。柔らかな自然光や瞬間的な空気感、移ろう時を繊細に捉え、輪郭を曖昧にしながらも、「どう見えたか」――作家の主観をもとに紡がれた色彩豊かな世界という点で、19世紀後半にフランスで誕生した印象派の絵画を確かに連想させるのだ。




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