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『黒い十人の女』を甦らせた渋谷系映画とは?

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    忘れ去られていた『黒い十人の女』



     市川崑の全盛期と呼ばれる大映時代(1956~1964年)。『炎上』『』『野火』『おとうと』『私は二歳』『雪之丞変化』など、映画化困難に思えるような文芸作品から、育児書、モダン時代劇まで、映画にならないものはないとばかりに、あらゆる原作を妻で脚本家の和田夏十と共に、市川崑ならではの映画へと華麗なアレンジを施し、作り上げてきた。この時代の作品は、大部分がいち早くビデオ化されていたが、長らく観ることができなかったのが、『黒い十人の女』である。


     もっとも、今では『黒い十人の女』と言えば、テレビドラマとして市川崑がセルフリメイク(02年)し、続いてナイロン100℃によって舞台化(11年)され、さらに連続テレビドラマ化(16年)までされた定番の名作というイメージがあるが、ここ20年の間に名作として認知されるようになったにすぎない。1997年のリヴァイヴァル公開まで、知る人ぞ知る隠れた作品だった。とはいえ、1961年度の『キネマ旬報』ベストテンで第10位にランクインしているのだから、最初からカルト映画だったわけではない。ただし、当時のベストテンの慣習として、一度ベストテンの常連監督に仲間入りしてしまうと、ヘンな映画を撮っても、監督のネームバリューでランクインすることがあった。『黒い十人の女』が長らく名画座でも上映されず、ソフト化もされずに忘れ去られたのは、そうした理由があったのかも知れない。



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