1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 四月の余白
  4. 『四月の余白』二つの<究極>が織りなす、衝突と可能性の軌跡
『四月の余白』二つの<究極>が織りなす、衝突と可能性の軌跡

©2025 N.R.E

『四月の余白』二つの<究極>が織りなす、衝突と可能性の軌跡

PAGES


吉田作品が描き続ける「歩みを止めない人」



 吉田作品はこれまで、いくつもの登場人物を対峙させながら、シンプルなれど強靭な幾何学模様のごとき相関図を織り上げてきた。


 そして際立つのは、「何があっても諦めない主人公」を描き続ける点だ。たとえば、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)で脚本家の道を目指す男女がいる。それぞれにこだわりが深い二人だが、どれだけ新人賞に応募しても結果は出ない。彼らが本当に秀でた才能を有しているのかどうかすらわからない。しかし彼らは走り続ける。


 同様のことは松山ケンイチがプロボクサーを演じる『BLUE/ブルー』(19)にも言える。彼は試合で全く勝つことができない。しかし、彼が誰よりもボクシングを深く愛してやまないことを、近しい仲間たちは痛いほどよく知っている。また、『ミッシング』(24)では石原さとみ演じる母親が、行方不明の娘を探して長きにわたる壮絶な日々に身を捧げていく。


 翻って『四月の余白』の西の心身にも、これらの主人公に通じる「何があっても諦めない、手放さない信念」がほとばしる。それは暗いトンネルを進むような道のりで、たやすく出口が見えることはない。それでもなお、自らの道をひた走る孤独と覚悟。たとえ結果が得られずとも、日の当たらないところで己の情熱を絶やさぬ信念にこそ、吉田監督は最大級のリスペクトの目線を注いでいるように思える。



『四月の余白』©2025 N.R.E


 はたして西とは何者だったのか。彼の原動力は何なのか。いくつかの言葉で過去や経緯が示唆されるものの、詳細はブラックボックスに秘められたままだ。けれど、人生の淵でこれほど強く「変わりたい」と切望して今に至る人間は、彼の他にはいないようにも感じる。


 こうして一概には読み解けない変数があるからこそ、本作の西と海斗の関係性には、さながら一人の人間の<過去>と<未来>が邂逅する様にも似た、不可思議で興味深い立体構造が生まれていくのだろう。


 吉田監督といえば、この秋には新作『mentor』が公開を迎える。社会や人生の余白に生きる人々に光を当て続ける吉田作品が次なる物語で何を描くのか。そしてどこへ向かうのか。衝撃に身構えつつも、楽しみでならない。



文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。




『四月の余白』を今すぐ予約する↓





作品情報を見る



『四月の余白』

6月26日(金)新宿ピカデリーほか全国公開中

配給:アークエンタテインメント

©2025 N.R.E

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 四月の余白
  4. 『四月の余白』二つの<究極>が織りなす、衝突と可能性の軌跡