©LES FILMS VELVET ‐ BUENOS HAIR ‐ FRANCE 3 CINEMA
『プライベート・ケース』ジョディ・フォスターが深層心理の扉を開け放つ、フレンチ・ミステリー
2026.07.31
この映画が詳述しない“とある記憶”
だが、本作には謎めいた部分が残存する。それは他ならぬリリアンの母親をめぐる描写や言及だ。
母親らしき姿はまず、催眠療法にてリリアンが最初に開けた扉で映し出される。「これは違う!」とすぐに扉を閉めようとする隙間からは、雪景色のニューヨークのセントラルパークに似た光景と、クリスマスプレゼントを抱えた女性、その背中を追う二人の幼い子供の後ろ姿が覗く。
さらに巨匠フレデリック・ワイズマンが俳優として演じる精神分析の第一人者が、「君の母に関する…」と言いかけるとすぐに、リリアンは「そのことには立ち入らないで!」と釘を刺す。
また、息子のジュリアンとの一幕で、リリアンはあえて距離を置いて育てようとした理由について「私を頼らずとも生きていけるように」と説明する。それは、母親という存在がいかに脆弱なものかを、あたかもリリアン自身の実体験から語っているかのような口ぶりだ。
母娘の過去に何があったのか。詳細はわからないし、読み解くにはあまりに情報が欠落している。しかしあえて語られず、視界から遠ざけられているからこそ、そこに“意味”があるのは間違いない。

『プライベート・ケース』©LES FILMS VELVET ‐ BUENOS HAIR ‐ FRANCE 3 CINEMA
そもそもリリアンが祖国アメリカを離れた理由は何なのか。生まれたばかりの孫を抱きたがらないのはなぜか。全ての問いの答えに「母親」は関係しているのだろうか。
もしかするとリリアンの人生は、ポーラのディブクのさらに前から、母親のディブクによって直接的、間接的な影響を受けてきたのでは…。そんな推測は飛躍が過ぎるだろうか。
「雪の日の公園」の記憶は終盤にもう一度だけ映し出される。そこでは、もはや強制的に扉が閉じられるようなことはない。それにこの頃には、一連の謎解き騒動の顛末を通じて、リリアンは自分の足だけで踏ん張って立つのではなく、元夫のことを全面的に頼っていいのだと思えるようになっている。
渡仏後の数十年間、何らかの理由で個という牙城を守る生き方を続けてきた彼女が、今ようやく「見えなかったもの」「遠ざけてきたもの」を見つめ始めている。幾多ものジャンルを経由し、答えのない曖昧なものを数多く残しながら、今ひとつだけはっきりと言える変化は、人生における緩やかな受容なのである。
* 参考記事)
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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『プライベート・ケース』
全国公開中
配給:スターキャット アルバトロス・フィルム
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