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『いまを生きる』の教師には、映画より個性的な実在モデルがいた!?

『いまを生きる』の教師には、映画より個性的な実在モデルがいた!?

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キーティングのモデルになった人物、サミュエル・ピカリング教授とは?



 しかし、脚本家のトム・シュルマンの場合はより実体験に近かった。なぜなら、彼はナッシュビルにある母校、モントゴメリー・ベル・アカデミーでジョン・キーティングのイメージソースになる人物と実際に出会っているのだ。その人物とは、英文学博士で作家でもあるサミュエル・ピカリング教授だ。


 モントゴメリー・ベル・アカデミーのOBで、後にイギリス、ケンブリッジ大学で学士号を取得してから、母校に戻って教鞭を執った彼のキャリア自体がキーティングと似ているし、その授業スタイルも映画とそっくりだ。実際はもっとユニークだったと言っていい。キーティングは机の上に上がることを生徒たちに促すが、ピカリングはわざわざ教室の外に机を運び出し、その上に立ってみたり、時には、ゴミ箱の上に立って授業を行ったという。それらの行為について、彼は「別に生徒たちを楽しませるためにやったわけではない。ただ、自分自身を楽しませるためにやっただけだ」と平然と答えている。無理もない。映画とは異なり、モンゴメリーに赴任した当時、ピカリングはまだ24歳の新米教師で、生徒たちは15歳。例えれば、教育実習生と高校1年生という年齢差だ。「自分はまだガキで、生徒たちはまだ子供だった」とはピカリングの弁だ。しかし、こうも言っている。「自分は世界一平凡な男だし、特別な教師だったとは思っていない。ただ、当時は若く、生き生きと生きただけなのだ」と。



 

 つまり、本人は否定するが、ピカリングは教科書には決して載ってない"Seize the day"の精神を、自らの行動で生徒たちに示したというわけだ。そして、ピカリングとの出会いはトム・シュルマンにとって強烈な原体験となり、ジョン・キーティングという映画史に残る魅力的なキャラクターを誕生させたのである。



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