衝撃場面に「後付け」された宗教的含意とは
『マグノリア』のラスト近く、衝撃的な場面が訪れる。映画の舞台であるロサンゼルス郊外のサンフェルナンド・バレーに、カエルの雨が降るのだ。こうした現象自体は実際に世界中で目撃、記録されているもので、英語圏では「rain of animals」(動物の雨)、日本では古くから「怪雨」として知られてきた。
作劇の手法としては、『マグノリア』におけるカエルの雨は「デウス・エクス・マキナ」(機械仕掛けの神)に該当する。この用語は古代ギリシア演劇に由来し、劇の筋がもつれて解決困難になった局面で形而上的な存在の神を登場させ、人智を超えた策(あるいは現象)で劇を収束させる手法を指す。歴史は古いものの、唐突な展開で話を終わらせるご都合主義の印象を与えるからか、現代の作劇で使われることは(少なくともメインストリームの作品では)ほとんどないようだ。しかし、そのように忘れ去られた手法だからこそ、終盤までリアリズムの演出が貫かれた『マグノリア』のラスト近くで、不意に超自然現象が起きるインパクトは絶大だったとも言える。
PTAはインタビューで、超常現象研究の先駆者とされる米国人作家チャールズ・フォートの著作を読み、カエルの雨を降らせるアイデアを思いついたと明かしている。なお、天才クイズ少年スタンリー(ジェレミー・ブラックマン)が図書館にいるシーンで、机に広げられた多くの本の中にフォートの著書も確認できる。唯一スタンリーだけがカエルの雨に驚かず、「こういうこともある あり得ることだ」とつぶやくのは、フォートの本を読んで知っていたからだ。
ただしPTAは、カエルの雨の場面を脚本に書いた時点で、聖書に同じ現象が登場することに気づいていなかったという。旧約聖書『出エジプト記(Exodus)』8章2節に、神がもたらす「十の災い」のうち2番目にあたる、カエルの大群を降らせる話がある。そのことを指摘したのは、ドニ―が飲んだくれるバーのシーンで、美青年のバーテンに色目を使う老人を演じたヘンリー・ギブソンだった。この意図せざる一致を喜んだPTAは、本編の中に「Exodus 8:2」の文字や、8と2の数字を散りばめることにした。クイズ番組が始まってすぐ、スタジオ観覧席の1人が番組と無関係なメッセージボードをスタッフに取り上げられるが、これに書かれているのが「EXODUS 8:2」(ちなみにこのスタッフはPTAが自らカメオで演じたらしい。観覧席が暗いので顔までは確認できないが)。運転中のジムが家電店の外壁をよじ登るドニ―を目撃する直後にも、隣のガソリンスタンド前に「exodus 8:2」のサインが一瞬映る。ほかにも、天気予報の文字で示される「雨の降る確率82%」といった具合に、まるでサブリミナル効果を狙うかのように8と2の数字をあちこちに埋め込んでいるのだ。
『ザ・マスター』予告
PTAは、カエルの雨のシーンをきっかけに、「なぜ人は困難なとき宗教に頼るのか」を考えるようになったという。本作に関しては後付けの宗教的含意だったが、こうしたモチーフはのちの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ザ・マスター』に受け継がれていく。カエルの雨は、登場人物と観客だけでなく、発案したPTA自身にも深いインパクトをもたらしたと言えるだろう。