(c) 1988, Argos Film, Golden Egg, Ingrid Productions, MGS Film, Movie Visions. Studiocanal All rights reserved.
『ザ・バニシング -消失-』観客に委ねられる真の恐怖と不安とは
2019.04.12
異常と正常を分けるものとは何か
たとえ善良な観客であっても、何かしらの違法行為を頭のなかでひそかに行うということくらいは、ほとんどの人が経験しているのではないだろうか。その欲望は、本作のように「誘拐」につながっているのかもしれないし、「殺人」や「傷害」、「盗み」や「詐欺」などへとつながるかもしれない。そう、法を逸脱した行為を「やってみたい」と思う欲望や好奇心は、多くの人のなかに存在しているはずなのである。それでも、たいていの人々はそれを実行には移さない。だがそれは、その人が「善良だから」なのだろうか。
本作では、レイモンによって犯罪論が語られる場面がある。罪を犯すというのは、高いところから落下することと同じだというのだ。高ければ高い場所であるほど、地面に叩きつけられる衝撃は大きくなる。そんなことをしたら、大きなケガをするか、悪くすると死んでしまうかもしれない。しかし、“本当にやってみたらどうなるのか”……その衝動に駆られたときに、後先を考えず飛び降りてしまうこと。それが罪を犯すということの本質だという。そしてレイモンは、その境地へ登場人物を、そして観客を誘おうとする。
『ザ・バニシング -消失-』(c) 1988, Argos Film, Golden Egg, Ingrid Productions, MGS Film, Movie Visions. Studiocanal All rights reserved.
筆者は、複数の子どもを育て上げた、ある常識ある女性に、こんなことを聞いたことがある。「もちろん絶対に実行に移すことはない」と前置きしたうえだが、彼女が街を歩いていて、見知らぬ小さな子どもが目の前を歩いているときに、頭のなかで、“もし、この子を突然に車道へ突き飛ばしたらどうなるだろう”、“階段から落下させてみたらどうなるだろう”ということを、たまに考えてしまうときがあるというのだ。そんなことをしても何の得にもならないし、逮捕され重い罪になる可能性が高い。だが、それが何の意味もない異常で非道な行為だからこそ、「やってみたい」という衝動が瞬間的に生まれてしまう時があるのだという。
犯罪を行う人物と行わない人物の違いというのは、“人間性が善良かどうか”ということよりは、“一線を越えるか越えないか”というところにあるのかもしれない。そしてそれは、「自分は善良な人間だから、正常だから罪を犯さないのだ」と漠然と考えているわれわれ観客からすると、不安にさせられる材料である。自分と犯罪者の間には、もしかすると咄嗟にする判断くらいしかなく、本質的にはほとんど紙一重なのかもしれないと。そして、機会があれば自分はいつでもそちら側に行ってしまうのではないかと。意外な展開が描かれていく本作は、そんな不気味な恐怖や不安を観客の目の前に掲げる。だからこそ、本作は娯楽の枠を越えた、真におそろしい作品だといえるのだ。
不気味といえば、本作には冒頭から示される、不可解で気持ちの悪い謎が存在する。それは、失踪する前にサスキアが語っていた、夢のなかに「黄金の卵」が出てきたという話である。そして、彼女を探すレックスもまた、同様の夢を見ることになる。黄金の卵とは、いったい何なのだろうか。その真相はハッキリと言葉では示されないが、本作の映像を見ることで、これを読んでいるあなたに、その答えをぜひ見つけてほしい。
文: 小野寺系
映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。
『ザ・バニシング -消失-』
2019年4月12日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
提供:キングレコード
配給:アンプラグド
公式サイト: http://thevanishing-movie.com/
(c) 1988, Argos Film, Golden Egg, Ingrid Productions, MGS Film, Movie Visions. Studiocanal All rights reserved.
※2019年4月記事掲載時の情報です。