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50年代究極の娯楽作『北北西に進路を取れ』に見るヒッチコックの監督術

50年代究極の娯楽作『北北西に進路を取れ』に見るヒッチコックの監督術

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ヒッチコックでおなじみの“マクガフィン”がもたらすもの



 一方、本作は「一言で説明しづらい映画」としても有名だ。試しに「あらすじ」などを読んでみてほしい。あまりに混みいっていて、もう何が何だかわからない。同じ思いは撮影中のケイリー・グラントも抱えていたそうで、ある日彼はヒッチコックの元にやってきて「なんてひどい脚本だ。撮影の3分の1が終わったというのに、まったく意味がわからない」と語ったそうだ(これを聞いてヒッチコックは逆に、本作の成功を確信したのだとか)。


 しかし面白いもので、いざ本編に臨むと、我々はこの混みいったストーリーを、感覚的に、本能的に、極めてスムーズに飲み込むことができるのである。その理由は簡単だ。いろいろと複雑に交錯しているかに見えるあらゆる事象が、実は「何の意味も持たない」からだ。


 これはヒッチコックの映画を楽しむ上で不可欠な「マクガフィン」という言葉ともつながるだろう。マクガフィンとは、主人公に動機付けを与えるアイテムのこと。たとえばスパイものだと「マイクロフィルム」や「極秘書類」などがこれに相当する。これらをめぐって「追って、追われて」のサスペンスが展開するというわけ。が、ここで重要なのは、ヒッチコックはこれらのマクガフィンにほとんど意味を持たせないということだ。




 『北北西に進路を取れ』にもマイクロフィルムというマクガフィンが登場するのだが、しかしヒッチコックはこの詳細について全く描いていないどころか、関心すら寄せていない。かくも登場人物たちにとっては行動の理由や目的でありながら、しかし観客や作り手にとっては知る必要のない無意味なもの。それがヒッチコック流のマクガフィンなのである。当然ながらそこには、アイテムそのものに観客の意識が流れてしまわないように、とする彼独自の映画作りの作法が見て取れる。


 また、その流れでいうと、主人公が間違えられる「ジョージ・カプラン」なる謎の人物やその正体もある種のマクガフィンと言えるのだろうし、さらには悪人ヴァンダムが率いる組織の全貌や彼らの狙い、さらにはCIAと奪い合う機密情報すら、空虚で無意味なマクガフィンなのかも。ストーリー上のこういう混みいった部分を「意味のないもの」として全て剥ぎ取ると、後には実にシンプルな基本線だけが残る。たとえ頭は論理を追い求めても、心と体はいち早くその構造を察し、最短距離で目的地へ向かおうとするもの。それゆえ『北北西に進路を取れ』は複雑に見えながらわかりやすく、我々はただ身を任せるだけでいい。あとはもう、ラシュモア山までの旅路を単純明快なエンタテインメントとして純粋に楽しめるのである。


 脚本家アーネスト・レーマンによると、公開時はそれほど爆発的なヒットには至らなかったそうだが、その後、再上映や映画祭などでかかるたびに評価され、時間の経過とともに粘り強く人気を獲得していったとか。スパイ組織、エージェント、アクション、ウィットに富んだ会話、全編に漂う上品さなどから何かとボンド映画と比較されることも多い本作。何よりもスカッと爽快な気分になれるところが嬉しい。未見の方は是非ご覧になってみてはいかがだろうか。



参考文献

フランソワ・トリュフォー著「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー」山田宏一、蓮實重彦訳(晶文社、1990)

・ドナルド・スポトー著「アート・オブ・ヒッチコック」関美冬訳(キネマ旬報社、1994)

アルフレッド・ヒッチコック著「ヒッチコック 映画自身」鈴木圭介訳(筑摩書房、1999)



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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『北北西に進路を取れ』

ブルーレイ ¥2,381+税/DVD 特別版¥1,429 +税

ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

(c)2009 Turner Entertainment Co. and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

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