2019.05.27
検討されたマリリン・モンローの主演
知らない方もいると思うが、オードリー・ヘプバーン扮するホリー・ゴライトリー嬢は、ニューヨークの高級娼婦の設定だ。彼女は、自由奔放で、なにかの頂点に立とうとしている。映画を観ただけでは、娼婦だなんて気がつかない。きっと、社交界のとある淑女と思うことだろう。しかし、カポーティの原作では、ミズ・ホリーは娼婦を示唆する表現で描かれており、また彼は、映画のホリー役として、親交のあるマリリン・モンローを望んでいたという。
いまでこそ有名なマリリン・モンローは、ビリー・ワイルダー監督『七年目の浮気』『お熱いのがお好き』(59)といった作品に出演し、典型的なセックス・シンボルとして名声を上げた。マリリンはホリー役を演じることに当初関心を示していたが、プロデューサーのジュロウとシェパードは、マリリンはホリー役には不向きであると判断した。ホリー役にはもっとタフで、芯の通った強い女性が必要だったのだ。
マリリンはその見かけに反して、中身は少女のようだと言われていたし、台詞覚えの悪さは業界では有名なほどだった。ほかには慢性の遅刻癖があったりして、マリリンの起用はリスクが高いと判断された。ある説では、セックス・シンボルのイメージ定着に強く嫌悪していたマリリン側から出演の断りがあったというが、どちらにせよ、カポーティの望んだマリリン・モンロー主演の『ティファニーで朝食を』は実現しなかった。
『ティファニーで朝食を』(C) 1961 by Paramount Pictures and Jurow-Shepherd Production All Rights Reserved. TM, (R) & Copyright (C) 2011 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
さて、映画の冒頭に話を戻そう。朝日が昇る中、体の線がくっきりと見える、妖艶なリトル・ブラック・ドレスの女性がタクシーを降りてくる。いま、あらためて考えると、なぜそんな時間にセクシュアルなドレスを着ているのか、たしかに疑問だ。映画では、娼婦という事実がプロモーションの段階から徹底して伏せられていた。これはヘイズ・コードの影響も少しはあるが、ほとんどはオードリー・ヘプバーンのイメージを護るためだった。
オードリーは出演の条件として、自分が演じる役が娼婦だという事実をやわらげるように、脚本の一部の変更を求めたという。ジョージ・アクセルロッドは、オードリーの要求を呑み、よりマイルドな表現に書き換えた。多岐にわたる縛りによって、結果として映画は、カポーティの原作とは大きく異なる、自由を求める夢見る女性のロマンティックなラブストーリーとして生まれ変わったのだ。より親しみやすい物語として。
<参考>
「オードリー・へプバーンとティファニーで朝食を - オードリーが創った、自由に生きる女性像」(中央公論新社)サム・ワッソン(著)/清水晶子(訳)
「スクリーンの妖精 オードリー・ヘップバーン」(シンコーミュージック)ジェリー・バーミリー(著)/河村美紀(訳)
映画『ティファニー ニューヨーク五番街の秘密』(16)
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。
『ティファニーで朝食を』
Blu-ray:1,886円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
※2019年5月の情報です。
(C) 1961 by Paramount Pictures and Jurow-Shepherd Production All Rights Reserved.
TM, (R) & Copyright (C) 2011 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.