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オードリー・ヘプバーン『ティファニーで朝食を』誕生の裏側。世紀の名作の知られざる困難とは?

(c) Photofest / Getty Images

オードリー・ヘプバーン『ティファニーで朝食を』誕生の裏側。世紀の名作の知られざる困難とは?

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ハリウッド、忌まわしきヘイズ・コード



 アメリカ映画の歴史の中には、忌まわしき過去がある。遡ること80年ほど前の1934年から1968年のアメリカ映画は、ヘイズ・コードに支配されていた。ヘイズ・コードとは、この当時のアメリカ映画産業に設けられた検閲制度であり、いまでいうレイティングシステムの先駆けだが、このヘイズ・コードが現在の映倫と大きく異なる点は、映画作品の根幹にさえ介入するという部分だ。


 1922年、MPPDA(アメリカ映画製作配給業者協会)が発足し、1934年にはその下部組織としてPCA(映画製作倫理規定管理局)が設立された。この組織によって同年実施された映画製作倫理規定は、会長(ウィル・ヘイズ)の名を取ってヘイズ・コードと呼称され、映画関係者に悩みの種を植え付けていた。


 しかし、ヘイズ・コードは決して悪という単純な存在ではなかった。当時のアメリカ映画産業は、連邦政府やカトリック系団体からの外圧にさらされていた。その結果として、ヘイズ・コードはこうした外部からの介入を防ぐため、映画産業界が一丸となった自主規制としてはじまったのだった。



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 しかし、ヘイズ・コードの検閲によって映画の内容を変えざるを得ない例は多く、また『ティファニーで朝食を』も例外ではなかった。トルーマン・カポーティによる原作は、風変りで奔放なミズ・ホリー・ゴライトリーと、彼女を囲う男たちを描いた、自由を求める女性のための作品だ。この原作をもとに、映画『七年目の浮気』(55)の原作戯曲を書いたジョージ・アクセルロッドが映画用の脚本を執筆した。


 ヘイズ・コードの倫理規定では、完成した脚本をPCAに提出し、検閲官によるしかるべき判断をあおぎ、修正すべきとする要請には応じなければいけなかった。しかも、ヘイズ・コードは映画完成後、試写の段階でもう一度審査をし、ここで検閲官の注意を引く部分があれば、再び修正を求められたりもした。ジョージが自ら脚色したマリリン・モンロー主演の映画版『七年目の浮気』で、彼はヘイズ・コードの縛りに心底うんざりしていた過去があった。


 『ティファニーで朝食を』を担当した検閲官ジェフリー・シャーロックは、脚本段階で、ホリーの服装などといった細やかな描写に修正を求めた。とくにホリーと、相手役のポールとの肉体関係、それを示唆する台詞のいくつかに関しては、厳密な削除要請を下してきた。ジョージにとっては、ホリーとポールのこの描写は最も大切な要素だったという。しかし、検閲官は頑として譲らない。ジョージは危惧した。この修正された脚本に適する、説得力のある清純な女優が必要だったのだ。マリリン・モンローではない、オードリー・ヘプバーンのような。



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