2019.06.04
いかにして俳優に“発見の喜び”を与えるか?
本作は、“イギリス人の患者”を含め4人が暮らす「大戦末期のイタリア」と、彼が記憶を遡りながら語る「戦前の北アフリカでの出来事」という二つの軸が交錯しながら進んで行く。
修道院内で顔を合わせる4人は、主人公はもとより、他の面々も肉体的、精神的に深い傷を抱えているようだ。ハナは周囲の人々が無残に死んでいった原因が、あたかも自分への呪いであるかのように感じて苦しんでいる。カラバッジョはドイツ軍の拷問により無残にも親指を失ったことへの怒りを抱えている。さらに不発弾や地雷の爆弾処理を専門とする兵士キップは、いつ自分の身が死に食い破られるか分からない毎日を送る。かくも国籍や肌の色や性別のバラバラな彼らが、故郷から遠く離れたこの場所で心を通じあわせ、つかの間の“癒し”を得ているのである。
『イングリッシュ・ペイシェント』(c)Photofest / Getty Images
この一人一人際立った個性とそこで紡がれる関係性の描写が見事だ。それゆえ本作では演技の面でも、役者同士のアンサンブルこそが重要な鍵を握る。そしてアンソニー・ミンゲラ監督が巧みなのは、彼らにある程度の時間と自由を与えて、まずは自分たちの力で役について発見をさせようとするところだ。決して監督自身の考えやメソッドを押し付けず、常に温かく、おおらかに接しながら、現場を心地よい状態にキープし続ける。それがミンゲラ組の大きな特徴と言えるだろう。
キャストだけではない。スタッフにも自由を与えて、皆のスキルや人間性を集約できるように心がける。もしも意見がぶつかる時は徹底的に議論する。ミンゲラは大学でディベートを学んでいたこともあり、批判されること、指摘されることを苦に思わない。むしろ積極的に議論して、共に問題の打開点を探ることを得意としていた。
さらに彼は昔、バンドを組んで音楽活動(キーボードとボーカルを担当)を行っていた時期もあり、そこで培った協調性や即興性への対応力などもまた、彼の演出力を形成する大きな礎となったようだ。こういった点を知るにつけ、誰もがミンゲラの人柄に惹かれ、大樹のような彼の存在に寄り添いながら“何かを発見していく喜び”を噛み締めていたことが、大いに伺えるのである。