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鬼才ラース・フォン・トリアー『ハウス・ジャック・ビルト』が描く、超過激な向こう側の世界※注!ネタバレ含みます。

(c)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN

鬼才ラース・フォン・トリアー『ハウス・ジャック・ビルト』が描く、超過激な向こう側の世界※注!ネタバレ含みます。

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ブルーノ・ガンツ演じる老人は何者か?



 対話形式で綴られる本作を半分くらいまで鑑賞したところで、ふと頭をもたげる思いがあった。それは「いま、ジャックと対話している人物は誰なのだろう?」という疑問だ。演じているのはブルーノ・ガンツ。本作のクレジットでは二番目に登場する重要な役どころである。だが、声はすれども、姿は見えず。それはさながら精神科のカウンセリングのようでもあり、ハンニバル・レクターと捜査官の対話のようでもある。


 とにかくそこには、得意になって犯行の一部始終を供述する者と、その話に嫌悪感をあらわにしながらも辛抱強く耳を傾ける者という二つの立場が存在している。そして物語のクライマックス、ここぞという場面で、謎の人物は唐突に姿を現わす。彼は一体、何者だったのだろう。我々にそれを知る手がかりはあるのだろうか。



スクリーンで再現されるダンテ「神曲」の一場面



 彼について解き明かす鍵となるのは、その終盤、ほんの一瞬だけ、超スローモーションで描かれる一つの“絵画的ワンシーン”である。それはドラクロワが「神曲 地獄篇」の第8歌に着想を得て描いた「ダンテの小舟」(ルーヴル美術館所蔵)に極めてよく似たものだ。


 荒れ狂う川(原作では沼)を小舟が行く。それに乗る不安げな表情に満ちたダンテと、揺るぎない面持ちで先を見据える道先案内人のウェルギリウス。強靭な肉体で漕ぎ進めるフレジアスの姿もある。水面には凄まじい形相の者たちが憎悪や憤怒を発露しながらひしめき合い、彼らは舟のへりにしがみつき、今にも這い上がってきそうだ。背後には地獄の業火が吹き上がる光景も確認できる。もはや画面からは微塵の精神的余裕も伝わってくる様子はない。


 そもそも「神曲」は、14世紀の初めにダンテ・アリギエーリによって書かれた壮大な叙情詩である。「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」という3つから成っており、これらは中世社会の人々の心に「死んだらどうなるか?」という鮮烈かつ詳細なイメージを刻印したと言われる。そういえば、トム・ハンクス主演の『インフェルノ』(16)でもこの「地獄篇」のモチーフが手を替え品を替え描かれていたのを思い出す。映画自体は大した代物ではなかったが。


 「神曲」で特徴的なのは、作者のダンテが自ら主人公となって旅を続けていくところだ。また、右も左も分からぬ彼を導くのは、紀元前に実在した詩人ウェルギリウスである。生きた時代は全く異なる彼らだが、ダンテはこの偉大な詩人が遺した作品から多くのものを学び、生涯にわたって崇拝をやめなかった。この二人が叙事詩の中では行動を共にする。いわば時間と空間を超越したファンタジーである。



『ハウス・ジャック・ビルト』(c)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN


 ちなみに、このウェルギリウスを英語読みにするとVergilius/Vergil(ヴァージル)となる。『ハウス・ジャック・ビルト』の中でブルーノ・ガンツ演じる謎の男は“Verge(ヴァージ)”と呼ばれており、対話の中でさらりと言及される著作「アエネーイス」もウェルギリウスの代表作として広く知られるもの。これでガンツの役柄は正真正銘、ウェルギリウスであると判明する。


 かつて『ベルリン・天使の詩』(87)の天使役や『ヒトラー〜最期の12日間〜』(04)のヒトラー役という両極端にして究極の役柄を演じた経験を持つガンツは、今回も最後まで善なのか悪なのか明らかにせず、穏やかなるもミステリアスな印象をその体内に宿したまま、道先案内人のヴァージ役を全うするのである。2019年に永眠したこの名優は、おそらくこの先も、ジャックのみならずあらゆる人々を導き続けるに違いない。



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