※本記事は、物語の結末に触れていますので、未見の方は映画鑑賞後にお楽しみいただくことをお勧めします。
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テーマを上書きする試み
イタリアのダリオ・アルジェント監督による、異様な美学に支配された奇妙で鮮烈な恐怖映画『サスペリア』(77)は、映画史のなかで伝説的な位置を占める作品だ。そんな映画をルカ・グァダニーノ監督がリメイクした同名作品『サスペリア』は、よくある名作リメイク企画の枠をはるかに超え、オリジナル版の要素を追いながらも全く別のものに仕上げた“問題作”になっていた。
しかも、描写される様々な場面の意味が作中で明示されないことも多く、非常に難解な内容になっている。圧倒的に尖ったヴィジュアルや演出の数々に魅了されながらも、「一体、何だったのか…?」と混乱する観客がほとんどではないだろうか。ここでは、そんなオリジナル以上の謎に覆われた、新しい『サスペリア』の表現したものの意味を、可能な限り分かりやすく解き明かしていきたい。
グァダニーノ監督はアルジェント監督と同じくイタリア人で、性的なマイノリティのひと夏の恋愛を描いた映画『君の名前で僕を呼んで』(17)で、一躍有名になっているが、本作『サスペリア』は、彼がそれ以前から制作に関わり、慎重に進めてきた企画だ。それほどにオリジナル版は、一部のクリエイターにとっては特別なものとなっている。強い雨のなか、少女が夜の森を走る情景や、悪夢のように異様な内装のダンスカンパニーの天窓からぶら下がる死体の姿、主人公がワインを飲むシーンでの不自然な構図など、その映像には鮮烈なインスピレーションや美学的なセンスが泉のように溢れている。
グァダニーノ監督がやろうとしたのは、そんなオリジナル版に存在する複数の描写を、周到に別の意味に置き換え、映画全体のテーマを上書きしてしまうという試みだ。それは、失敗すれば蛮行とも言われかねない、リスクをともなった挑戦でもある。