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『戦場のピアニスト』ユダヤ人ゲットーを体験したロマン・ポランスキーが原作の映画化を望んだ理由

『戦場のピアニスト』ユダヤ人ゲットーを体験したロマン・ポランスキーが原作の映画化を望んだ理由

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旋律による救済と、故国への愛の暗示



 ドイツ軍によるポーランド侵攻から戦争終結までの数年間、ウワディクは無慈悲な迫害によって多くのものを失った。家族を亡くし、故国を奪われ、すべてを壊された。それに、隠れ家での暮らしはさらに峻烈を極めた。同胞のユダヤ人パルチザンが起こしたワルシャワ・ゲットー蜂起を隠れ家の窓越しから目撃し、多くの仲間の最期を見た。


 同胞を亡くし、自分だけが生きている罪悪感。罪の意識に苛まれながら、常に死と隣り合わせの絶望的な状況下で、ウワディクは救済を求めた。どんな時にも彼の希望となり、唯一の救済者となったのは、“音楽”の存在だった。


 劇中で演奏されるピアノ曲は、ベートーヴェンやバッハなど、名作曲家による聴きなじみのある旋律だ。その中のほとんどは、フレデリック・ショパンによる楽曲で、劇中のウワディクが奏する調べは、ショパンの作品のみである。“ピアノの詩人”と称されるショパンは、ポーランドを代表する作曲家、ピアノ奏者のひとりだ。即ち、彼の作曲する音楽というのは、その多くがポーランドをルーツとするものである。ウワディクがショパンのみを演奏するという点は、かれの故国への愛を表出しているのだろう。


 映画の冒頭、国営ラジオ局の爆撃のシーンで、ウワディクが演奏している作品は、ショパンの「ノクターン第20番嬰ハ短調」だ。ノクターンとは、しばしば夜想曲と訳され、夜が更ける静かな空間で、ゆったりと想いを馳せるような、情緒のある音色だ。また映画の終盤では、戦後に再開されたラジオ局の場面でも、この夜想曲がふたたび演奏されている。映画の最初と最後で流れる、最も印象的な音楽であり、『戦場のピアニスト』のテーマ的な旋律なのである。また、映画の中盤では、登場人物のそれぞれの“故国”が音楽の奏でにより暗示されている。




 映画は中盤、第二次世界大戦末期となる1944年8月1日、首都ワルシャワでの武装蜂起によって、街は再び戦火に包まれる。同年10月2日、約20万人の犠牲者を出し、ポーランドの抵抗組織は敗退。市内の建造物の8割以上が破壊され、街は焦土と化した。行き場を失ったウワディクは、なにもない空中で、ピアノの鍵盤を弾く仕草をし、想像上のピアノに救済を求めた。すると、瓦礫の山と化した街の片隅から、ベートーヴェンの調べが微かに響き渡ってくる。好奇心に釣られて、音の方向に歩を進めると、そこにはピアノがあった。そして、ドイツ軍兵士、ホーゼンフェルト大尉との思いがけない出会いに繋がるのだ……。


 ここでのベートーヴェンの旋律は、大尉のドイツへの故国愛を表現している。流れてくる音楽は、ドイツの作曲家ベートーヴェン作の「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27の2」、通称「月光ソナタ」と呼ばれる名曲だ。ショパンを一貫して演奏するウワディクのように、ベートーヴェンが奏でられていることは、その人物にとっての故国を表わしているのだ。もちろん、この楽曲を演奏している人物は、ドイツ軍のホーゼンフェルト大尉である。


 『戦場のピアニスト』は、音楽をある種の“救済”として描くと同時に、他方では、その人物の故国を表わす有効的なツールとして機能しているのだ。



<参考>

映画『戦場のピアニスト』劇場用プログラム



文: Hayato Otsuki

1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。



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(c)Photofest / Getty Images

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