「アジア系」「女性」の躍進がめざましい、近年のアメリカ映画界。主演のオークワフィナがゴールデングローブ賞主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞した『フェアウェル』(19)も、北京生まれでアメリカ育ちのルル・ワン監督が、その才能をいかんなく発揮した作品だ。アメリカでは、気鋭のA24が配給を手がけたことも話題。
ニューヨークに暮らす主人公のビリーが、祖母がガンで余命わずかだという知らせを受け、祖母には親戚の「結婚式」とごまかして中国に帰郷する物語。オールアジア系キャスト(日本人も登場)で、メインの舞台は中国という異色のアメリカ映画を成功させたルル・ワン監督に、作品への思いや音楽へのこだわり、A24との関わりなどを聞いた。
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今作のために何度も観直したのは、是枝監督の『歩いても 歩いても』
Q:この『フェアウェル』の物語は、あなたと祖母の関係をヒントに描かれています。かなり「主観的」な作品と捉えていいのですか?
ワン:たしかに脚本も、カメラワークも、そして物語をどう伝えるかも、主観的な題材ですよね。私の視点は、主人公ビリーの「主観」にならざるをえませんでした。実際に脚本の最初の段階では、すべてのシーンをビリーの視点で書いたのです。でも細かく書き進めるうちに、当然のごとく、祖母のナイナイや、家族の他のメンバーだけのシーンも出てくるので、最終的には客観的な視点も得られたと思います。ただし基本は、やはりビリーの視点。彼女が感じる恐怖や緊張感を伝えようと努めました。
Q:ビリーの家族は、祖母のナイナイに余命わずかな事実を伝えないように振る舞うということで、「嘘」が本作のキーワードです。
ワン:ナイナイの病状を隠す家族たちの嘘を、私は「モンスター」と捉えて描きました。ちょっとホラー映画のような感覚ですね。家族みんなが外面では楽しそうに笑っていても、心の内ではかなり神経質になり、恐れを感じているわけで、その心理ってホラー的じゃないですか?
Q:嘘については家族それぞれの思いもあるので、ビリーの主観だけではなく、客観的な視点も必要になったわけですね。
ワン:主観性と客観性。私はその両方を使い分けるようにしました。観客を強制しないように、登場人物の感情に導きたかったからです。たとえばビリーの家族が中国の空港に着いて、ナイナイに会った瞬間は、ビリーの「主観」を重視しました。そこには私のアメリカ人としての感覚も込められています。
一方でこの作品には、中国で暮らす親戚たちや、日本人のキャラクターまで、さまざまな立場の人が登場します。彼らのナイナイに対する思いもまちまちなので、そこは「客観的」視点を心がけました。「この人はこう思ってる」、「でもこの人はこうだ」という感じですね。こうして主観と客観を組み合わせることが、映画のスタイルとしてどう機能するかを試みました。決して自伝映画やドキュメンタリーのようにはしたくなかったのです。
Q:これまで影響を受けた映画作家は何人もいると思いますが、この『フェアウェル』にインスピレーションを与えた作家や作品はありますか?
ワン:インスピレーションをもらった監督を挙げるとしたら、世界中にいると思います(笑)。ただ、この『フェアウェル』、そして私の人生全体に大きく影響を与えている監督ということなら、是枝裕和さんでしょうか。とても大きな存在です。『フェアウェル』を撮るにあたって、彼の『歩いても 歩いても』(08)を何度も観直しました。
さらに今作のために観たのは、スウェーデンのリューベン・オストルンド監督の『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(17)や、イギリスのマイク・リー作品。是枝作品からは、つねにエモーショナルな瞬間と、ヒネリのあるユーモアのバランスを学んでいます。このバランス感覚を、あたかも「マーシャル・アーツ」のような武器の感覚で、私の作品に拝借しているんですよ(笑)。