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『浅田家!』中野量太監督の“挑戦”。メジャースタジオで自分を貫く【Director's Interview Vol.82】

『浅田家!』中野量太監督の“挑戦”。メジャースタジオで自分を貫く【Director's Interview Vol.82】

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オリジナル作品をできた自負



Q:なるほど、現場を円滑に回すためにも、そのアプローチが効いてくるんですね! いま話題にあがった部分もそうですが、中野監督ご自身は「作家性」についてどうお考えなのか、気になります。


中野:「自分は作家性で勝負している」というような思いは、そこまでないんですよ。ただ一方で、わかりやすく見たことあるようなものを作る気はさらさらないし、僕しかできないものをたくさんの人に伝えたいっていうのが、僕のスタンスですかね。


『浅田家!』は、オリジナル脚本が最大のモチベーションだったというか。そのうえで、多くの人に伝えなきゃいけない、が命題だったので、色々と自分の中で調整を繰り返していった形です。これが有名な原作があって……とかだったら、作家性とはまた違った話になったように思いますね。


まだ、自分の中でこの映画をどう評価したらいいのか、正直、整理できていない状態ではありますが、やっぱり「東宝でオリジナル作品をやったぞ!」という自負はあります(笑)。




Q:『湯を沸かすほどの熱い愛』から、約4年。ここに至るまでの道のりは、早かったと思いますか?


中野:いや、全然。もっと早くやりたかったですよ(笑)。


『湯を沸かすほどの熱い愛』からの道のりは、ある程度順調だったかと思いますが、その前が僕は長かったから(苦笑)。


Q:契機といえる『チチを撮りに』(12)は、製作費をねん出するべく借金もされて「これが最後の監督作になるかも」と背水の陣で臨んだんですもんね。


中野:そうなんですよ。プロになれるまでが遠くて……。そのころのことがあるから、まだまだという気持ちです(笑)。



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監督・脚本:中野量太

1973年7月27日生まれ。京都府育ち。大学卒業後、日本映画学校に入学。卒業制作の『バンザイ人生まっ赤っ赤。』(00)が日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。卒業後、助監督やテレビディレクターを経て6年ぶりに撮った短編映画『ロケットパンチを君に!』(06)が、ひろしま映像展グランプリ、水戸短編映像祭準グランプリなど7つの賞に輝く。08年には文化庁若手映画作家育成プロジェクトに選出され、35㎜フィルムで制作した短編映画『琥珀色のキラキラ』が高い評価を得る。その後、『チチを撮りに』(12)が、第9回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞、第63回ベルリン国際映画祭正式招待を皮切りに、各国の映画祭に招待され、第3回サハリン国際映画祭グランプリなど国内外で14の賞に輝く。商業映画デビュー作となる『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)では第41回報知映画賞作品賞・邦画部門、主演女優賞、助演女優賞、新人賞(中野量太監督)、第29回日刊スポーツ映画大賞主演女優賞、第59回ブルーリボン賞助演女優賞、第40回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、最優秀助演女優賞、優秀作品賞、優秀監督賞、優秀脚本賞、新人俳優賞ほか、その年の映画賞を席巻。19年5月第二作『長いお別れ』が公開され、ロングランヒットに。独自の視点と感性で家族を描き続ける、いま日本で最も注目の若手監督の一人。



取材・文:SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」 「シネマカフェ」 「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。Twitter「syocinema




『浅田家!』

全国東宝系にて公開中

(c)2020「浅田家!」製作委員会

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