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『ハリー・ポッター』映画にならなかった魔法の世界【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.51】

『ハリー・ポッター』映画にならなかった魔法の世界【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.51】

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ウィンキーと屋敷しもべ妖精福祉振興協会





 『秘密の部屋』から登場した屋敷しもべ妖精のドビーは、その外見からヨーダやモグワイ、ゴラムといったキャラクターに並ぶマスコット的存在だが、屋敷しもべ妖精(ハウス・エルフ)とはその名の通り召使として古くから魔法使いに仕える万能の妖精である。しもべ妖精は枕カバーやタオルといった衣服でないものに身を包んでおり、れっきとした衣類をなにかひとつでも(たとえ靴下片方だけでも)主人から与えられれば、「解雇」され自由の身となるが、大抵のしもべ妖精にとって労働奉仕は名誉であり、自由の身になることは不名誉で恐ろしいこととされる。おそらくは「小人の靴屋」が代表するような「代わりに仕事や家事を済ませてくれる妖精」がルーツと思われる(「小人の靴屋」の妖精もお礼の洋服を受け取ると姿を見せなくなる)。


 しかし、ドビーはハリーの機転によって、悪辣な名門マルフォイ家から晴れて自由の身となり、以降極めて稀な存在である自由な妖精を自認するようになる。名前のあるキャラクターとしては、ハリーの名付け親シリウス・ブラックの実家で働くクリーチャーというしもべ妖精も登場するが、実は原作にはもうひとり重要な役どころでしもべ妖精が登場している。それがウィンキーである。


 原作では4学年目の『炎のゴブレット』から登場するウィンキーは、魔法省の官僚であるバーテミウス・クラウチに仕えるしもべ妖精だったが、クィディッチ・ワールドカップの会場で命じられた持ち場を離れた上、闇の帝王ヴォルデモートのシンボルマークを上空に出現させたという信じがたい疑いをかけられ解雇されてしまう。長年クラウチに献身的に仕えてきたウィンキーにとって、それはドビーのように喜べることではなく、ダンブルドア校長の計らいでホグワーツに迎えられたあとも、バタービール漬けになりながら、かつての主人を思って泣き続けるのだった。


 このクラウチとウィンキーの主従関係や、ほかの役人たちの前で恥をかいたクラウチが、明らかに潔白であろうウィンキーに濡れ衣を着せて処分を下す態度などは、『炎のゴブレット』では重要な伏線のひとつになっているのだが、ウィンキーの存在が丸ごと削られた映画版では、クラウチの周辺設定は少しわかりづらいものとなった。クラウチとその家族を結びつけるヒントとなるウィンキーがいなくなったことで、後半の息子バーテミウス・クラウチ・ジュニアの登場などがやや唐突にも感じられる。


 ウィンキーの不在が影響を与えたのはそれだけではない。その理不尽な解雇を目の当たりにしたハーマイオニーは、持ち前の真っ直ぐな性格からそれを許すことができずウィンキーに同情するが、やがてそれは屋敷しもべ妖精を使役する魔法界に対する疑問へと発展する。実はホグワーツには100人以上のしもべ妖精が住んでおり、常に掃除の行き届いた城内や豪華な食事などは全て彼らの無給無償の労働によって成り立っていたことが明らかになるのだ。ハーマイオニーは彼女の言うところの「奴隷労働」によって出された食事に手をつける気をなくしてしまい、学校で暮らすひとりとして罪悪感を覚え、ついに「屋敷しもべ妖精福祉振興協会」(S.P.E.W.)を設立してその地位向上を目指す運動を始めるのだった(他のメンバーはいつの間にか自動的に入会していたハリーが書記、ロンが財務担当)。


 以降、この運動はハーマイオニーのライフワークのひとつとなるが、前述のようにウィンキーがそもそも登場しない映画版では同時にこの部分も描かれない。ただでさえ長く込み入った物語において、本筋に直接関係しないので仕方がないのだが、生真面目で熱心なハーマイオニーの人柄がよく出ていておもしろいところでもあった。優等生が社会運動に取り組むという学園もののお約束というだけでなく、伝承でお馴染みのお手伝い妖精に、現実の労働運動を合わせるというアイデアがパロディとしても切れがある。またハーマイオニーの姓である「グレンジャー」が1870年代にアメリカで起こったグレンジャー運動という農民運動に由来することなどを考えると、S.P.E.W.は彼女のキャラクターと深く結びついた要素と言えるのではないか。



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