大切にしたその場で感じた“気持ち”
Q:志田さん演じる陽は、感情の揺れ幅はすごいはずなのに、それをあまり表には出さずにとても繊細に表現されていました。これはとても難しかったのではないかと思いますが、その辺はどのように演じられたのでしょうか。
志田:とにかく陽の心情を大事にしたかったです。周りからのちょっとした言葉で傷ついたり、救われたりと、揺れ動く十代ならではの心情を一つ一つ丁寧に表現できればと思っていました。ただ、繊細に演じようとは思っていなくて、目の前にいる陸や父からの言葉をしっかり受け止めて、嘘のない自分の言葉として、しっかり相手に届けようと意識してお芝居をしました。
Q:陽に対するお父さんの距離感と視線もとても優しかったです。井浦さんは陽との関係性をどのように捉えていたのでしょうか。
井浦:今泉監督は、陽と直の関係性や距離感を、恋人のように親密には見せたくないと最初はおしゃっていました。でも僕は、父娘のすれ違いの距離感は、ふとした時に恋人のように見えてしまうものではないかと思ったんです。直は陽をちゃんと導いてあげることが出来ず、未熟な父親ではあるけれど、妻が去ってからの二人の時間というのは確かにあったはず。だから、心が通じ合ってなかったとしても、二人ともメンタルもフィジカルもちゃんと親子であって、その距離感というのは決して遠くはないはずだと。
陽と直二人きりで話す長い一連のシーンがあるのですが、そこでは父娘でありながらも恋人のように見えてしまう距離の縮め方が、陽と直だからこそできるのかなと思いました。それで監督に相談しながら、二人の距離感を詰めていきました。この“距離感”は、とても大事にしていましたね。
『かそけきサンカヨウ』© 2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会
Q:まさにその父娘二人のシーンはとても素晴らしかったです。今泉監督もこのシーンについて「脚本の台詞が絶対ではなく、現場で起こることがより本物に近い」という趣旨の発言をされています。実際に演じたお二人は(脚本を)どのように感じて、あのシーンに臨まれたのでしょうか。
井浦:ありがとうございます。あのシーンに関しては、とにかくまずは脚本を読み込んで、直のセリフの奥にある言葉の意味を自分なりに解釈してテストに臨みました。陽も直も脚本上はすごく長いセリフがあったのですが、陽はセリフそのままではなく、自分なりの言葉でポンと投げ返してきたんです。それでも十分に伝わってきた。脚本のセリフ全てを話さなくても良い、今ここで感じたことを大事にしようと、そう今泉監督と相談して現場でどんどん変わっていきました。
あのシーンは一発本番の1テイクで残したものですが、その時にお互いが感じたことを、ただただ反射しあってできたものです。むしろそれだけでいいと思っていました。とにかく父として娘にちゃんと伝えたいという気持ちを忘れずに、あのシーンに臨みました。
志田:原作を読んだとき、あのシーンで涙が止まりませんでした。なので、脚本では読み込まない方がいいなと直感的に思いました。読み込んでしまうことによって、そのシーンに慣れてしまうのが怖かったからです。ですが、セリフだけを入れて現場に向かうと、今泉監督から「このシーン、1カット長回し撮影で行きます」と言われまして…。「昨日頭に入れたばっかりなのに…!」と、かなり不安になってしまいました(苦笑)。
ただ、先ほど新さんがおっしゃってくださったことと同じで、セリフの内容よりも、とにかくその場で感じた気持ちを大切にして、一途に伝えようと撮影に臨みました。それがよかったのかなと思います。