能動的に取り組みたい環境改善
Q:『あのこは貴族』制作の際は金沢から単身赴任されたり、「日本版CNC設立を求める会」の活動に参加されたりと、映画業界の労働環境改善や未来へ向けた新たなシステムの設立に向けて活動されていますが、ご自身の実感として周囲が変わってきた感覚はありますか?
岨手:労働環境って一人の心がけだけでは変われない部分があって、やっぱり業界全体で取り組む必要がある。それに尽きる気がしました。映画やドラマは、撮影しなければならない分量や納期があった上で、フリーのスタッフが集まり、自分たちの名前を出して仕事をしている。それぞれがお互いを気に掛けながらも、いいものを作りたいという思いや守るべきクオリティを天秤に、日々悩みながら撮影をしています。当然、責任のある立場の人は自覚する必要がありますが、誰か一人に背負わせるのではなく、ガイドラインや契約の仕方を見直す必要があると思います。そうしないと埒が明かないと思いました。
金沢から短期滞在をして撮影するのは自分の生活スタイルなので仕方ないのですが、子供とは半年離れて暮らすことになりました。子育てをしながらこの仕事を続けるのは本当に大変ですが、今回の現場には女性スタッフが半数以上いたんです。撮影部のチーフ助手はお子さんがいる女性でしたし、子供を育てながら現場に出る女性スタッフも増えている。少しずつですが、環境は変わってきている感じがしますね。
『すべて忘れてしまうから』岨手由貴子監督
Q:岨手作品を見たい観客としては岨手監督に映画を撮って欲しいですし、こうして実際に仕事をお願いするプロデューサーもいる。徐々に環境が追いついきているような気もします。
岨手:「岨手に頼むと交通費や宿泊費がかかるからやめよう」と言われることもあるだろうなと、それは織り込み済みで移住しました。それでも声を掛けてくれる方がいるのは、すごくありがたいです。東京に住んでないと映画は撮れないというのも、それはそれでどうなんだと思います。もう少し色んな経験をしている人が撮った方がいいとも思いますし。ただ、もちろんそこは予算など色々な兼ね合いもある。だから言いっ放しにするのではなく、それをどうすれば実現するのか自分で能動的に取り組んでいきたい。そこは今まさに「日本版CNC設立を求める会」に参加していろいろと勉強しているところです。
Q:本作は『あのこは貴族』の後に「こう来たか」みたいな感じがあって、岨手監督の新作を観れたことは嬉しかったですし、そう思っている人も多いと思います。
岨手:前作に比べるとグッと敷居が下がる感じですよね(笑)。でも似たようなものを撮り続けたいとは思わないし、キャリアの積み方として、うまく前に進めたなという感じはあります。
監督・脚本:岨手由貴子
1983年長野県生まれ。大学在学中に自主映画の製作を始め、09年文化庁委託事業若手映画作家育成プロジェクトndjcで『アンダーウェア・アフェア』を製作。15年長編商業デビュー作『グッド・ストライプス』が公開。本作で第7回TAMA映画賞 最優秀新進監督賞、2015年新藤兼人賞 金賞を受賞。21年山内マリコの同名小説を映画化した『あのこは貴族』が公開。本作で第13回TAMA映画賞 最優秀作品賞を受賞。最新作は燃え殻のエッセイ『すべて忘れてしまうから』を元にした連続ドラマで監督と脚本を担当。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『すべて忘れてしまうから』
ディズニープラス「スター」にて、独占配信中
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