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『[窓] MADO』麻王監督 デッサンすることが自分の認識も作っていく【Director’s Interview Vol.272】

『[窓] MADO』麻王監督 デッサンすることが自分の認識も作っていく【Director’s Interview Vol.272】

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デッサンすることが自分の認識も作っていく



Q:映画は「偏見」というテーマを浮き彫りにします。普段の自分たちが如何に人やものを色眼鏡で見ているか、それを突きつけてきます。


麻王:僕は美術をやっていたので、これまでデッサンから色んなことを学んできました。自分の認識を作っていくのは基本的に全てデッサンなんです。あるものを見て、それをリアルに写しとることがデッサンという行為ですが、大事なのは技術ではなくどう見るかということ。その“もの“が、どう見えて、どんな差があるのか、そこを判断して情報を描き込んでいく。そうやってデッサンを続けていると、自分の認識がどうなっているのか、それを見つめるところにまでつながっていく。


そうやってデッサンをやっていて気づいたことが二つあります。一つは、人間は主観でしか物事を見ることができないということ。客観という言葉はありますが、それは他者の主観にしかすぎません。もう一つは、人間は相対的にしか物事を見ることができないということ。つまり絶対性がない。固い柔らかい、明るい暗い、長い短い、それはどれくらいの差異なのか?そこに絶対はないんです。



『[窓] MADO』©2022 towaie LLC


「リンゴは赤い」というけれど、本当に同じ赤を見てるかどうかはわからない。だから認識自体にそもそも断絶がある。そこが人間生活の面白いところだし大事なところ。思いの違う二つの家があって、その家の中でもそれぞれ立場が違っている。この映画では、そこに渦巻く認識の差にフォーカスしたかった。日記を読んだときにそういったものが全部つながった気がしたんです。


加えて、キーワードは「窓」だなと。A家の娘さんは化学物質過敏症のため外からの空気を入れられず窓を遮蔽しているのですが、このことがまさに心の窓や社会とのリンクにも通じている。さらに自分の父親が「窓」という曲を作っていて、それがまたいい曲なんです。そういうのも全部含めて、これはもうやらざるを得ないなと。




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