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『近江商人、走る!』、みんなのために【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.18】

© 2022 KCI LLP

『近江商人、走る!』、みんなのために【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.18】

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 寒波のせいだと思うのだが、ギックリ腰をやってしまった。特別重いものを持ち上げたわけじゃなく、ただ夜道を歩いていただけだ。急にズキッと来て、そこからもう歩けない。しょうがないから家族に電話してクルマで迎えに来てもらった。


 不幸中の幸いは仕事が「家で原稿を書く」なので、どうにかこなせたことだ。穴をあけたのはイベント出演が1件あったのみ。そのイベントは出演者が30人くらいいたのでサボりやすかった。ラジオ出演もあったのだが、これはブロック注射と痛み止め服用で乗り切った。


 でも、まぁ12月は基本、自宅で安静なのだった。試写会に行くのが難しい。ラジオ出演なら放送局の駐車場を取ってもらって、移動はドアツードアだ。何なら(先年亡くなった)義父の車いすがあるからそれをワゴンに積んでいけばいい。試写会はそうはいかない。僕はまだクルマで行ったことがない。駐車場はきっとタイムズみたいな時間貸のところを近場で見つけるしかない。あと車いす対応可の試写室があるかどうか。ただでさえ腰が痛いのにクリアすべきハードルがけっこう高い。


 で、そんなとき救いだったのが「オンライン試写」だ。コロナ禍は(いいことなんか何もなかったが)オンラインの業態だけは進めてくれた。僕は家に届いていた試写状から「オンライン試写会のご案内」の記載があるものを選り分けた。できたらコラム掲載と公開時期が合ってるものがいい。


 と、奇跡のように『近江商人、走る!』(22)に出くわした。「12月30日新宿ピカデリー他、全国ロードショー」と書いてある。三野龍一監督の時代劇のようだ。トイレさえ這っていかねばならない窮地を『近江商人、走る!』のオンライン試写に救われたのだ。もう恩人ならぬ「恩ライン試写」と呼びたい。


 というか、そもそも近江商人は僕の大好物(?)である。近江(滋賀県)は街道が集まる交通の要衝であり、各地へ行商に出かける商人集団が中世からあった。近世に入るとその活動範囲は日本全国に広がる。京、大阪、江戸の大都市圏や港町に進出し、金貸しで蓄財し、醸造など地場の産業をおさえていく。司馬遼太郎『街道をゆく』によると江戸期、東北農民の餓死者は南部(岩手県)に移住した近江商人(金貸し)によるところが大きかったという。


 面白いのは通常、近江に住んでる商人は「近江商人」と呼ばれない点だ。近江から出て、行商し、商機を見つけ移住し、拠点を築いた商人を「近江商人」という。人間が土地に縛りつけられた印象の日本の歴史にあって、画期的な流動性、フットワークを持った商人集団だ。魅力がある。その流れは西武グループや伊藤忠、高島屋まで連綿と続いている。



『近江商人、走る!』© 2022 KCI LLP


 だから『近江商人、走る!』のタイトルには我が意を得たりだった。近江商人の動的な特徴をひと言で言い表していると思った。ギックリ腰で自分の動的な能力がゼロに等しいなか、それは憧れである。三野龍一監督、素晴らしいところに目をつけてくれたと思った。


 が、実際に見てみるとだいぶ想像とは違ったのである。見知らぬ土地へ乗り込んで、商機に食い込む、ある種のえぐみを持った「近江商人」の姿は登場しない。ていうか、『近江商人、走る!』は本格的な時代劇というよりファンタジーなのだ。俗に近江商人は「三方よし」の哲学を持っているとされる。売り手と買い手の満足だけでなく、社会貢献の役目を果たして初めて良い商いと考えるのだ。前述の伊藤忠はその点を社是として強調している。まぁ、司馬遼太郎ならそれをきれいごとと評したろうけれど、ひとり勝ちの商法で長く歴史の風雪に耐え、成功を続けて来られたとは思えない。「三方よし」には事実の裏付けがあるのだろう。


 で、『近江商人、走る!』を走らせている搭載エンジンこそ「三方よし」だ。主人公の銀次は孤独な身の上ながら、持ち前の商才と行動力で身を立ててゆく。米相場の動きに目をつけ、情報戦で利を得るところなどとても面白く見た。魅力は仲間を増やしていくところだ。銀次は言わば「江戸期マネーワールドのルフィ」だ。「商人王にオレはなる!」だ。ひと癖もふた癖もある、はみ出し者の仲間が集まってくる。それは銀次が自分の欲のために動かないからだ。みんなのために動く。


 ファンタジーなので細かい時代考証は無用だ。江戸時代、実際に美人番付が存在したとはいえ、描かれるのはアイドル総選挙みたいなシーンだ(茶屋の娘がステージで歌い、銀次の仲間は「オタ芸」で熱烈応援する)。そういうのは目くじらを立ててもしょうがない。そんなこと言い出したら北野武の『座頭市』(03)はタップを踏むし、原田眞人の『燃えよ剣』(21)は新選組が遊郭で群舞する。あ、『燃えよ剣』は「真逆」みたいな現代語のセリフも言ってた。確信犯的にそういうのはオッケーだとする時代劇映画もあるのだ。力点は「時代劇らしさ」「江戸時代らしさ」には置かれない。エンタメやファンタジーに置かれる。


 最後になるけれど、本作には大工の親方、岩男役で渡辺裕之さんが出演されている。思いがけず役のなかで元気にされてる姿が見られてとても嬉しかった。あらためて渡辺裕之さんのご冥福をお祈りします。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



『近江商人、走る!』

12月30日(金)新宿ピカデリー他、お正月ロードショー

配給:ラビットハウス

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