ⓒ「ミスタームーンライト」製作委員会
『ミスタームーンライト』、ビートルズ来日公演の真実【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.20】
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ビートルズ来日公演は「伝説」になっている。運良くチケットを入手し、実際に1966年6月30日~7月2日の武道館公演を見た人や、日本テレビが特別番組として放送した『ザ・ビートルズ日本公演』(内容は7月1日昼公演の収録、56分。視聴率56.5パーセント)を見た人だけでなく、それを直接経験しなかった世代にとっても「伝説」になっている。たぶんこれをご覧の皆さんも「JALのハッピ姿で羽田のタラップに降り立つビートルズ」や「武道館公演の前座を務めたドリフターズ」をご存知だろう。それらは何度もテレビで取り上げられ、まるでみんな自分が見たかのように刷り込まれている。
NHK朝ドラ『ひよっこ』のように来日公演の熱狂が劇中のモチーフとなったケースもある。僕の世代は『ザ・ビートルズレポートー東京を狂乱させた5日間』(竹中労・編著、白夜書房)を読んで、事実上の戒厳令下で行われたロックイベントを夢想した。ライターになってからは先輩に「チケットが当たったのに当日行けなかった話」を聞かされたりした。半券を切らずに額装しているそうだった。それが「伝説」というものだろうけれど、形を変えて、語り手の数だけリピートされるのだ。僕はいつしかビートルズが苦手になっていた。その話になると団塊の世代に威張られるから。
だもんで「一緒にされたくない」という態度で暮らしてきたのだった。ビートルズが解散したのは小学生の頃だ。「アフタービートルズ」世代だ。ポール・マッカートニー&ウイングスの方がよっぽど耳なじみがある。ビートルズが「反戦平和」の象徴のように祭り上げられているのもうんざりだった。
『ミスタームーンライト ~1966 ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢~』(23)は証言構成のドキュメンタリー映画だ。「ビートルズと日本人の接触の記憶」が大勢のインタビューによって掘り起こされる。映画を見る前はこれは僕の苦手なやつじゃないかと内心怖れた。自分が介在しない「いい時代」「あの頃」を美化し、謳歌する類いじゃないかと思ったのだ。その証言構成ドキュメンタリーは下手をすれば「団塊の世代に威張られる」「形を変えて、語り手の数だけリピートされる」そのものだ。
『ミスタームーンライト』ⓒ「ミスタームーンライト」製作委員会
昔、桑田佳祐さんにインタビューしたときのことを思い出した。僕はビートルズが苦手だと率直に打ち明けたはずだ。桑田さんはジョン・レノンのことを言った。
「みんな、ジョン・レノンは『マザー』だから、母親の愛に飢えていて、それでも人類のために歌った立派な人だと思ってるかもしれないけど…、もっとささやかなラブソングも書いてるんだよ。オレ、君の家に行っちゃったんだよ、窓のスキマから君がちょっぴり見えたんだよ、素敵だったよみたいな…。僕はジョン・レノンはそっちの方がリアルでチャーミングだと踏んだ。ダコタハウスで撃たれたときも偉大なジョン・レノンじゃなくて、チャーミングな一人の男として死んでいったんじゃないのかなと」
あ、それなら共感できると思った。「偉大な」「伝説の」「時代を変えた」といった形容をした瞬間、こぼれ落ちるリアル。まるで雲をつく大伽藍が最初からそこに建っていたかのような言説。その愛と平和のメッセージを日本人は最初から受け入れていたみたいな欺瞞。そうした一切を排して、なるべく生(き)のままの、エモーショナルな実像を掘り起こしてくれる映画にならないだろうか。
そうしたらまさにそういう映画だったのだ。インタビューの数がとにかく膨大だ。思い入れを排し、徹底的に深堀りしている。ビートルズはレコード会社に持ち込まれたときは「売れない」と判断されたバンドだった。後に高名になる評論家もぜんぜんピンと来なかった。ただ騒々しいバンドと評価され、右翼は街宣車で排斥運動を続けた。当初、いかにビートルズが「異物」だったかをしっかり描いている。まだ「偉大」でないビートルズが日本にやってきたのだ。
気に入ったシークエンスは、作家の高橋克彦さんが学生時代、ロンドンのビートルズファンクラブをおっかなびっくり訪ねて、ビートルズのステージに上げられた話。「初めてビートルズに直接会った日本人」は好きが高じて渡欧した10代の学生だった。写真を撮らなかった(あまりのことに撮るのを忘れた)ため、帰国後、誰にも信じてもらえず、この映画でエピソードを披露できて、思いが晴れたそうだ。
日航機内で「JAL」のハッピを着てもらおうとジョン・レノンを説得したスチュワーデスさんも良かった。僕はあれを着せたのはどんな人だろうと思っていたのだ。最高の宣伝である。間違いなく会社で褒められる。とんでもないボーナスが支給されてもおかしくないだろう。それがジャケットのシワを気にしたジョンから「アイロンをかけてくれないか」と頼まれたスチュワーデスさんの機転(それなら「ハッピコート」をお召しになったらどうですか?)だったとは。
実はインタビューイのなかに知人が5、6人いた。しばらく会ってない人ばかりで「お、太った?」「変わらないなぁ、若い!」なんてついつい同窓会のような反応になる。ああ、僕はビートルズが苦手で、そういう人間関係を避けてきたと思っていたけれど、気がつくと道の真ん中を歩いてきたのかもしれないな。とても楽しめた。「苦手」な人にもおすすめしたい。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『ミスタームーンライト~1966 ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢~』
1月27日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
配給:KDDI/WOWOW 配給協力:ショウゲート
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