皆のアイデアと想像力を引き出す
Q：世界観がしっかり成立しているところも本作の魅力です。脚本で作られた物語をビジュアルや音にしていく作業は、どのように進められましたか。
伊藤：スタッフのアイデアや想像力に助けてもらうことが多かったですね。私は感覚的に伝えることが多いのですが、それを咀嚼してアイデアを出してもらった部分が大きいです。本作と『ひとりぼっちじゃない』はほぼ同じスタッフで作りました。とても信頼しています。
Q：撮影の大内泰さんの手がける画が美しく、この映画の世界を説得力を持って具現化しています。スタッフィングの経緯を教えてください。
伊藤：スタッフィングはプロデューサーの行定さんに相談しました。画で語る作品だったので、私が画コンテを描いて、その感じを読み取って理解してくれそうな方だといいなと。それで会わせていただいたのが、行定組の撮影部で助手をされていたことのある大内さんでした。初めてお会いした時は、すごくこちらに寄り添って話を聞いてくれそうな方だなと思いました。その印象通り、大内さんは私がどういう画を撮りたいのか一生懸命知ろうとしてくれた。前回の現場でも少しずつ歩み寄ってくださったので、この作品のときには既に信頼関係ができている感覚がありました。
Q：ロケーションと美術も素晴らしく、湖やエスカレーターのシーンなどはまるで海外のようです。ロケ地や美術はどのように選び、作られたのでしょうか。
伊藤：私が思い描いている世界は少しデフォルメされています。登場人物は饒舌ではなく状況説明をあまりしません。その代わりに画が語ってくれています。美術やロケ場所、衣装も含めて、そこで語られている部分は大きくて、それらもキャラクターの一つとして存在している。そのことをスタッフに伝えました。スタッフもそういう私の意図を知った上で、この世界に合うものを選んで作ってくれていると思います。
『サイド バイ サイド 隣にいる人』©2023『サイド バイ サイド』製作委員会
Q：余白が多く明確な答えはない物語なので、いかようにでも捉えられる可能性がある。そこはスタッフやキャストにどうお話しされているのでしょうか。
伊藤：伝え方には毎回頭を悩ませるところですね。行定さんや押井さんが演出する姿で印象的だったのは、誰に向けた言葉でも監督が発する言葉の一つ一つが演出になっていくということ。キャスト・スタッフを直接的に動かす言葉だけではなく、彼らが発想するために出す言葉自体がキャストやスタッフを動かす演出になっていく。自分が意識していたのはそういう部分かもしれません。
みんなクエスチョンマークをたくさん持って最初の打合せにやって来ます。その場で出た質問に対してひとつひとつ答えつつ、自分の思いを伝えながらコミュニケーションを取る感じです。とにかくかなり質問責めにあいます（笑）。
Q：「監督の仕事は判断すること」と言われたりもしますね。
伊藤：限られた時間や予算であればあるほど、アイデアで補填することで豊かにしていく部分が大きくなっていきますよね。であれば、私が具体的に指示してそれだけを目指すのではなく、なるべく皆のアイデアが生まれやすいようにした方がいい。そんな理由からも、あえて行間のある脚本を書くことを心がけてきました。監督になった今、それをより実感しています。ディテールを書いてしまうことは簡単だけど、それってつまらない。スタッフが脚本を読んでミスリードしてもいいんです。自分の意図と違う解釈をされることもありますが、逆にその方が面白いこともある。だからいつもそれを待っているのかもしれません。
私は一人っ子で一人を好む人間だし、物書きとして長くやりすぎたこともあり、積極的に人と何かを作るという感覚をあまり知らずにここまで来てしまった。今はそれが楽しくて、みんなで一個のものを作れている感覚がすごくあります。監督という仕事は、今まで自分がやってきた仕事の中でいちばん楽しいです。このまま続けていきたい思いでいます。
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