© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
『CLOSE/クロース』ルーカス・ドン監督 絶望の記憶を映画に“翻訳”する喜び 【Director’s Interview Vol.333】
自らの体験を映画として結実させる監督は多い。そしてその思いが強く、真っ直ぐなほど、作品は輝きを放つ……。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、A24が北米配給。アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートなど、絶賛を受けたルーカス・ドン監督の『CLOSE/クロース』は、まさにそんな一作だ。
2018年、トランスジェンダーのバレエダンサーを主人公にした『Girl/ガール』が高く評価されたルーカス・ドン。長編2作目となる『CLOSE/クロース』では、10代前半の彼が学校で直面した苦悩を基に脚本を書き始めたという。その苦悩とは「女の子っぽいと言われた自分が、同性の男の子と仲良くなることへの不安」だった。主人公のレオは、幼馴染のレミと何をするにも一緒だったが、中学入学をきっかけに周囲にからかわれるのが嫌で、レミと距離を置くようになる。やがてレミの心は傷つき、ある悲劇へと発展してしまう。自身の過去を重ねながら、少年たちの繊細な心情をどのような思いで映画にしたのか。来日したルーカス・ドン監督に聞いた。
『CLOSE/クロース』あらすじ
13歳のレオとレミは、24時間ともに過ごす大親友。中学校に入学した初日、親密すぎるあまりクラスメイトにからかわれたレオは、レミへの接し方に戸惑い、次第にそっけない態度をとってしまう。気まずい雰囲気のなか、二人は些細なことで大喧嘩に。そんなある日、心の距離を置いたままのレオに、レミとの突然の別れが訪れる。季節は移り変わるも、喪失感を抱え罪の意識に苛まれるレオは、自分だけが知る“真実”を誰にも言えずにいた...。
Index
破壊のイメージが暗闇と塹壕につながった
Q:自身の辛い過去を振り返りながら脚本を書いたと思うのですが、そのプロセスは精神的にハードだったのではないですか。
ドン:何かを「書く」というプロセスには、基本的に大きな喜びが充満します。言葉では発することのできなかった何かを正確に表現できるのが、書くことなのですから。この『CLOSE/クロース』は、自分が何になりたいかすらわからなかった少年時代、大切なものを壊してしまった瞬間についての物語です。長い間、僕の内部に潜んでいた絶望の時間、内省的な感情を、イメージへ“翻訳”した感覚でしょうか。その意味で脚本を書いている間は、ジェットコースターに乗っている高揚感もありました。
Q:自身の物語でありながら、多くの観客が感情移入できるような配慮もしたのですよね?
ドン:もちろん、そこが脚本を執筆する際に最も大切であり、難しい部分でした。僕自身のことはとりあえず脇に置いて、誰もが自分の物語だと理解できるようにする作業です。僕らはみな子供時代、初めて責任感を求められたり、親友に裏切られたり、そのために傷ついたりしてきたはず。その点を突き詰め、パーソナルな物語を、異なる世代とシェアする模索をしました。ここは多くの脚本家にとっても複雑で難しい作業かもしれません。少なくとも僕には貴重な経験になりました。
『CLOSE/クロース』© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
Q:オープニングから2人の少年の絆に心がつかまれます。あのシーンから始めた理由を聞かせてください。
ドン:最初に「何かを破壊する」イメージが湧き起こりました。子供時代に周囲からの影響によって、大切な何かを破壊してしまう。そこで頭に浮かんだイメージのひとつが「暗闇」。そしてもうひとつが戦場での「塹壕」。戦地では何かと男らしさが問われ、つねに危険が迫り来る状況です。あの冒頭のシーンは、そうしたイメージから完成しました。その後、2人の少年は暗闇から花畑に飛び出していきます。あの美しく優しい色の洪水は「解放」を意味しています。残忍なものと、壊れやすいもの。その両方を共存させることが、本作においてのドラマツルギー(作劇法)になっています。
Q:そして中盤では衝撃的な事件が起こり、映画のムードも大きく変わります。
ドン:優しいムードで始まった物語が、後半では純粋さや親密さの喪失へと発展します。このように真ん中で大きな変化が起こることを、僕は最初から決めていました。