7テイク撮って、使ったのは1テイク目
Q:長回しが多かったとのことですが、テイク数など撮影は順調でしたか?
熊切:岩手県の道の駅で陽子がいろんな人に乗車を頼むシーンは、手持ちで追いかける長回しで10テイクぐらい撮影しました。役者とカメラの間を車が通過して距離が出来るといった複雑な段取りもありましたが、菊地さんから腕を掴まれるおばちゃん役の方が少し遠慮してしまい、それでテイクを重ねていました。「もっと本気でやってください!」とお願いし、最後には鳥肌が立つようなショットが撮れましたね。
また、車内で陽子が心情を吐露するシーンも7回ぐらい回しています。でも使ったのは結局1テイク目でした。すごい長台詞を青森弁でやっているのですが、「考えても良くわからないから、もうとりあえず回してみようか」と、いきなり車を走らせて撮り始めたら、菊地さんが何気なく話出して徐々に感極まってくる感じがすごく良かった。ただちょっとだけミスもあったので、「せっかくだからもう一度回そう」と回したら、「やっぱ、もう一回行こうか」とドツボにハマっていった(笑)。それを7回ぐらい繰り返して形としてはいいのが撮れたのですが、結局は一つ目の何気なく喋り初めたテイクが、何だかやっぱり良かったんです。
『658km、陽子の旅』©2022「658km、陽子の旅」製作委員会
Q:映画監督になって20年以上が経ちますが、手がける作品や現場での立ち位置(撮り方やご自身のスタイル)などに変化は感じますか?
熊切:昔は、役者やスタッフとお酒を飲んで打ち解けないと撮影がうまく出来ませんでしたが(笑)、今はそういうことをせずに粛々と自分の仕事をやっています。そういう撮影前の自分の準備の時間の方が、今はすごく大事になりました。コロナもありましたし、現場は静かに集中して進める感じになりましたね。今回などは自分としてはすごくやりやすい現場でした。
Q:影響を受けた、好きな映画や監督を教えて下さい。
熊切:今回はロードムービーを撮るということで、久しぶりに『ペーパー・ムーン』(73)を観直しました。こういうことが出来たらいいなと思って撮りましたね。ロードムービーは移動していく快楽がありますよね。ピーター・ボグダノヴィッチ監督がすごく好きで、全然タイプは違いますが『ラスト・ショー』(71)も大好きです。
他には、ヴィム・ヴェンダース監督の『さすらい』(76)なんかも大好きです。『パリ、テキサス』(86)は撮影的に影響を受けていると思います。オダギリさんの赤い帽子はハリー・ディーン・スタントンのあれがやりたかったんです(笑)。オダギリさんにもそれは伝えました。
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監督:熊切和嘉
1974年生まれ。北海道帯広市出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。卒業制作作品『鬼畜大宴会』が、第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞。同作はベルリン国際映画祭招待作品に選出され、タオルミナ国際映画祭でグランプリを受賞。2001年、『空の穴』で劇場映画デビュー。代表作に『アンテナ』(03年)、『青春☆金属バット』(06年)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(08年)、『海炭市叙景』(10年)、『夏の終り』(13年)、『私の男』(14年)がある。2023年2月新作『#マンホール』が公開され、同作は第73回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門に正式招待された。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『658km、陽子の旅』
7月28日ユーロスペース、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
©2022「658km、陽子の旅」製作委員会